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でこぼこ道を歩く~スーパーに並ぶ人々を見て~

でこぼこ道を歩く~スーパーに並ぶ人々を見て~

城谷平


 二月末の朝、神田川向こうのスーパーにおかずを買いに行くと、半分想像はついていたが、やっぱり意外な光景があった。スーパーの隣はドラッグストアでこちらはまだ開店時間には数分の間がある。100人はいなさそうだが、かなりの人数が並んでいる。聞いていた通り、高齢者がほとんどと見える。若い人はあまりいなさそうだった。僕だって列の中にいてもおかしくはない。苦い思いがこみ上げてくる。

 彼らは、ティッシユペーパーやマスクを求めて朝っぱらから並んでいるのだった。顔を知ってるなじみの守衛さんが心なしか困惑顔。例のコロナ肺炎問題があるのだろうが、メーカーその他はティッシュが不足する事態はほぼありえないことと否定している。ネットの世界で流されたデマがひろがったらしいけど、どこかうそ寒い気がした。

 いやーな分断が日本を引き裂いてる。
 ティッシュの列には、たぶん日本人だったら誰もが、3・11を思い出すだろう。トラウマだし、デジャブ(既視感)というやつだ。あの時、東京が物資不足になることはあり得ない、と僕は思っていた。東京でのうのうとしてる僕らなど被災地のことを考え我慢しろ、と言いたかった。足りなくなるであろう物資は最優先で東北に回すべきだと、僕は普通に思っていた。

 それなのに、同じスーパーの米の棚は空になっていた。カップ麺もほぼなくなっていた。先日のその朝も、3・11直後と同じ気が滅入る光景が再現されていた。「今だけ、自分だけ」なんて言葉が浮かぶと、本当に嫌になる。日本人ってばかなの?

 …気休めになるかわからないが、僕は思い出すことがある。

 …3・11直後だったが、あの時はうれしいこともあったのだった。その日の午後、僕は目が悪くなっていた大家の部屋にいて、一緒にテレビを見ていた。そのころすでに大家の視力は衰えていたけど、薄ぼんやりと明暗だけでなくまだ、物の形もおぼろげに見えていたころ。

 テレビの画面には津波で何台もの車が流されている映像。二人ともこたつに入って黙りこくっている。画面には映らないけど真っ黒な冷たい水に流されているのは車だけではないのだ。気持ちが重苦しくなる。「昼からだけど、酒でも飲むべか」。

 「おれはいいよ」。大家はかたいところがあり、昼酒は正月のみと決めていた。彼なりのルール。僕だって本気ではなかった。じじいが2人黙りこくってるのはうっとおしいことこの上ない。

 すると、ドアをこんこんと叩く音。宅急便の配達だった。
 大家にも心当たりは、ないようだった。荷物の受け取りには僕がサインした。「新潟からだよ」、というとやっと大家は腑に落ちたようだった。荷物の中身はなんと、新潟のおいしい米。10㌔の袋が二つ。送り主は、僕が住む20年も前に僕の部屋を借りていた人だった。その人は20年もの間、大家と会ってはいなかったのに、東京で一人暮らしの彼を心配してくれていたのだった。手紙のやり取りすらほぼなかった人だ。古い住所録からわざわざ調べたんだろうね。

 大家は足が弱っていて外を自由に歩けない。僕は、ひょっとして大家の今の残りの米やばいかな、と思わないでもなかった。でも、遠い新潟で心配してくれる人がいた。

 日本にはこういう人だっている。大家は特別なことをしたわけでもない。貧乏な学生にたまに酒を驕ったりしたらしかった。遠くに住むほぼ忘れかけてた人からの“仕送り”はこのほかも二度ほどあった。新潟から日本酒の一升瓶が二本、そして再度の米。もう一つは長野からだったか、地元の野菜をたくさん送ってくれた。勿論、ありがたくご相伴にあずかりました。友人にもおすそ分けできるほどだった。

 米どころ新潟の酒というだけでなくおいしい酒だった。刺身を買ってきて、夕飯時に飲んだ。といっても大家はごく少量。白状すれば大部分は僕が飲んだのだが。「あんた、そんなにいいひとだったの?」と言ったら、大家笑ってた。

 今回のティッシュ騒ぎで、僕はまるでSF映画の中のディストピアにいるみたいな気がしている。ユートピアの真逆の世界。人々の毒気が、上品なことを言うようだが、ひどくつらい。日本が崩れていってる実感がつらい。

 今だけ、自分だけの世の中への流れは強い。でも、それはやっぱダメでしょう。あんな時期に新潟や長野から心配して美味しい贈り物をしてくれるような人はいた。

 ドイツのメルケル首相は国民に物資が不足する心配はないとメッセージするとともに、非常時において物資の流通や販売に携わる人々に感謝の気持ちを表した。これこそ聞きたかった言葉で、日本人としてうらやましくなった。20年も会わない大家に米を送ってくれた人のような日本人だっているだろうけど。

 そんなことを考えていると小池都知事のオーバーシュート(重大事態宣言)があった。“重大事態だあ?。小池さん、戦争でもおっ始めるつもりかよ”とむかっ腹が立った。指導者面(しどうしゃづら)を気取って酔っているように見えたから。メルケルさんとえらい違いではないか。彼女がスーパーなどで働く人々にありがとうを言ったのは、今だけ、自分だけになるな、人々は分断してはダメだというメッセージだ。

 小池都知事の宣言のあくる日の午前中、僕はちょうど米を切らしたことに気づいた。ただ特に心配はしていなかった。何も知らず、スーパーに向かうと近所三軒のうち二軒で売り切れていた。嫌な気分になった。三軒目でやっと秋田小町5㌔のパックが買えた。これが毎月末に買う僕のひと月分。3袋だけ残っていたけど1袋だけにした。重いだけだし、米なんか食えなくったって、なんとでもなる。

 米一袋買うのに1時間近く。レジまで店内をぐるぐると回るように列に並ぶのだから。その間にスーパーの入り口には新たな列ができてさらに長く伸びていた。

 「ええーっ、秋田小町かよ」。今はいない大家の文句を言う声がよみがえる気がした。質素というより貧乏くさい大家だったけど、米と酒とお茶は高くてもいいもの、米は絶対魚沼コシヒカリと江戸っ子らしく譲らなかった。苦笑するしかないような奴だったけど、心配する人は確かにいた。今もいる、と信じる。

 ネットで、こんな書き込みがあった。多分ほかにもあるだろう。物流の仕事に従事する人らしい。「日本の第一次産業従事者をナメてもらっては困る。なんぼでも卸せるぞ。店頭在庫が家庭内在庫になるだけだ、買い占めはやめれ。余計な仕事が増える。奪い合うな、分け合え」。分断は誰のためにもいけない。大事なメッセージだ。メルケルさんの言葉がはるばる届いたかのようだ。小池さんでも安倍さんの声でもないのは心底残念だけど。  

【プロフィール】 1955年、佐賀県唐津市呼子町生まれ。いつのまにか還暦は過ぎ、あのゴジラよりは1歳年下。介護の仕事に就いたきっかけは先年亡くなった親友のデザイナーの勧め。「人助けになるよ」との言葉が効きました。約二十年くらい前に飲み友達だった大家が糖尿病で体が不自由になり、一昨年暮れに亡くなるまでお世話。思い出すとこれが初めての介護体験でした。今はその亡き大家のうちにそのまま住んでいます。元業界新聞記者、現ライター。