新生活

丸遼太郎

新生活=「住まいや勤め先など、生活環境の変化を踏まえて生活を始めること」
辞書ではこの様に記載されておりました。
介護業界に転職し住まいは変わらずとも勤め先、生活環境が変わった事で「新生活」と呼ぶ事が出来るみたいなので今回は前職やこれまでの経歴、なぜ介護業界だったのか?など内容は濃くないですが少しお話しをさせて頂ければと思います。

1988.東京の巣鴨で産まれ育ちました。
ごく平凡で素直な子供でしたが、あまり皆と一緒に居たり、皆と仲良く皆で同じものを作ったりするのが嫌ではなかったのですが、楽しく感じられませんでした。
かなり飽きっぽく面倒さがり屋でチームワークが苦手でした。
その影響なのか中学は一人だけ地元から離れた所に行き、大学も行かずにお笑い芸人になる為に吉本興業に入りました。
10年間やっていた活動なので、新しい場所に引っ越したり新しい人と出会い、新しいネタを考えて作っていくと言う生活が続きました。
アルバイトなどは飲食がほとんどでホールでの接客業でした。
そこで人への接し方、ホスピタリティーや言葉使い、「何故この作業をするのか?」 「何をお客様は求めてるのか」。
こんな思考がいつの間にか頭に刷り込まれ、考えるようになりました。
そして30歳の時に芸人活動を終りにし飲食業界へと就職しました。
特に問題などもなく続けていたのですが、ここで悪い癖が発動しました。
はい、飽きました…もちろん飽きだけではありません。
毎回来るお客様は違う方がほとんどですが、店舗によっては休憩がほとんど行けず長時間労働とそれなりは忙しく、いつしか「接客」ではなく「作業」となっていた事に気づきました。
ただ作業が悪いと言う事ではないです。
ホスピタリティーも大事ですが、しっかり割り切って脳を作業化にする事も大事です。
常に心から笑顔になれるのはなかなか難しいと思ってます。
ただ忙しく笑顔になる事が出来なくなってしまったのがキッカケでした。

「新生活」と言うと引っ越しや転職など心機一転など重要なイベントのイメージがあるのは自分だけでしょうか?
自分は介護業界に転職する理由などは特に大きな理由はありませんでした。
転職サイトに登録しESLからメールを頂いたのが会社を知るキッカケです。
元々、母親がヘルパーの仕事をしており20代前半頃に半ば無理矢理ヘルパー2級の資格を取りました。
働いていたのは4ヶ月ほどでしたが嫌な記憶や辛い記憶などは一切なかったなと思い出し応募しました。
最初の研修などは分からない事だらけ、現場に出てからは毎回違うお宅に行き支援する。
研修など基本的な事はやっていても実際に入る方は練習通りには行かず四苦八苦するばかり。
同じ病状だとしても、「性別」「身長」「体重」「性格」「感じ方」など全てが違うので、その方に合ったやりかた言葉使いなどが必要になる難しさ。
必ず正しいやり方などなく利用者さんとご家族と話し合いながら形を作っていく事が大切であると感じました。
幸い利用者様、ご家族の方など好意的に受け入れて頂ける所が多く今は順調ではあります。

今回の「新生活」と言うタイトルに思う事は職種は変われど経験してきた事を生かし新しい知識や技術などを取り入れ自分の中で再構築する事。
決して今までの経験を捨てるのではなく研磨し磨きあげていく事。
その中で新しい自分を創る事が「新生活」へと変わっていくのかなと感じております。
芸人を目指し飲食、介護業界と歩き渡ったのも根本には周りの人を笑顔にしたいと言う思いからなっていると思います。
「新生活」は自分次第で明日から変えれるのかもしれません。
脱線した話しも多かったと思いますが、お読み頂いた方に感謝をさせて頂ければと思います。

訪問介護サービス
新規のご依頼はこちら

介護スタッフ
求人応募はこちら

コラム