この言葉を聞いた時、初めはピンと来なかった。
周りでこの言葉を使っている人はいなかったし、SNSで見かけることもなかった。
調べると色んな解説はあったが、どうやら「コロナによって環境や生活様式が一変し、新しいものに取って変わる」という意味合いらしい。
ネットでは「ニューノーマルやニュースタンダード」に関してのたくさんの記事やブログが載っていたので、自分の無知さを露呈しただけだった。
ネットは知識を広める魔法の道具に見えて、興味ある分野から外の世界を断絶する働きが実は強い。その点も再認識させられる。
2020年から時代の主人公は「コロナ」になった。移り変わりの早い現代に置いても、しばらくその座を明け渡す様子はない。コロナが乗っ取った年がコロナで終わり、今年もまたコロナで始まっている。
ただ、この近年稀にみる大騒動は、歴史を振り返るとさほど珍しいことではない。
14世紀ヨーロッパで大流行したペストは、人口の3分の1以上を奪い去った。ハーメルンの笛吹男のお話は、ペストによって奪われた子供たちの話をモチーフにしている。(物語のどこか不気味な感じは、こういうテーマが基になっているからだろうか。)原因のわからない相手を捉えどころのあるものにしようとする人の苦闘が垣間見える。姿の見えない相手との戦いは、今想像するよりもはるかに悲惨なはずだ。
人に関する伝染病だけではない。食物の伝染病による飢饉も多々起こっている。19世紀に起きたジャガイモ疫病よる大飢饉では、アイルランドにアメリカやカナダ、オーストラリアへの大量の移民を生むこととなった。10年で死亡、国外脱出含めて約150〜200万人が国内から去ったと言われており、今なお、アイルランドは飢饉以前の人口に戻っていない。当時の衝撃の大きさが良くわかる。(映画『タイタニック』の主人公ジャックは、この時のアイルランド移民である。一つの時代を切り取って物語として残すのは、今も昔も変わらないらしい。)
記録として残っているだけでも、他にも数多くの伝染病が発生している。人の歴史は、伝染病との格闘の歴史でもあるようだ。
後々、今の時代を表すときは「コロナ」がキーワードとして扱われるのだろう。
時代の主人公は「コロナ」になってしまったが、自分の人生の主人公は他ならぬ自分自身である。
どんな時代でも問われているのは「どう生きるか」であり、そこには「ニューもオールド」も無いと思っている。
記録にすら残らない「名も無き人々」によって歴史は紡がれてきた。そういう私も現代を生きる「名も無き人々」の一人である。今ままでの人々がそうであったように、自分の出来ることを地道にやっていこうと思う今日この頃である。