第12回 厳密さと柔軟性
教員免許を持つ私にとって、冬は受験の季節というイメージが強い。私自身、高校入試と大学入試を経験したが、自力で解答を記入することが難しいため両方ともに別室にて口述筆記という方法(私が解答を話し、書き取ってもらうやり方)で受験した。そのためには事前の交渉が不可欠で、時間も手間もかかるため私が何校も受験することは現実的ではなかった。数少ないチャンスをものにしなければというプレッシャーはあったが、それを乗り越えられたことは私の糧になっていると感じる。もちろん受験だけで人生は決まらないが、今年や今後の受験生が思い切りチャレンジできるよう、願うばかりである。
入試に限らず、学校生活やその後の日常生活において自分で字を書く必要がある場面は多い。しかし私にはそれが難しく、他の誰かに代筆してもらう必要がある。ただ、それが認められるかどうか、誰に代筆してもらうのかなどは場合によって異なる。そこで今回は、字を書くことが困難な利用者への支援について書いてみたい。
10年以上前、使っていない携帯電話を中のデータを含めてきちんと破棄してもらおうと考え、私はヘルパーとともに携帯電話会社のショップに行った。本人が行って目の前で「破棄してください」とお願いするのだから、特に難しい手続きはないだろうと思っていたのだが、店員から「書類にサインをお願いします」と言われたのである。隣にいるヘルパーの代筆でもよいか尋ねると、店員は「本社に確認してみる」と言って店の奥に行ってしまった。思いの外話が大きくなってしまい戸惑っていると、店員が戻ってきて「万が一書類に不備等あった場合に問い合わせる可能性がありますので、代筆された方のお名前を書き添えていただければ大丈夫とのことです」と説明した。これで問題なく手続きを終えられると思ったのも束の間、隣にいたヘルパーが思いもよらないことを言ったのである。
「個人情報ですし、何かあったときに責任が取れないので、できません」
私も店員も呆気にとられた。その後のやりとりでも「できない」の一点張りで、仕方なく私がぐちゃぐちゃな字でサインをしてなんとか手続きを終えた。その帰り道にヘルパーが
「携帯電話会社も融通利かないっすねぇ」
と話しかけてきたため「君がそれを言うのか!?」と言い返したくなる気持ちをグッとこらえて苦笑いしたのだった。防犯等の理由で携帯電話会社が慎重な対応をするのは理解するが、携帯電話会社もそのヘルパーも、もう少し柔軟に考えてほしかった。
しかし、徐々に柔軟な対応に変わってきたこともある。私が初めて選挙に行ったとき、選挙管理委員に自筆ができないことを説明すると、一緒にいた母に「代筆を頼む」という内容の書類にサインをするように言われた。その後、記載台の前で選挙管理委員に候補者名や政党名を伝えて記入してもらい、投票箱に入れてもらったのだ。代理投票という方法らしく、家族が書類にサインというのは面倒だと思ったが、投票のサポート自体はスムーズだった。そして、私自身数回目の投票のときから、家族による書類へのサインは不要になったのである。それ以降は、投票所の入口で投票券の確認をしてもらう際に「代理(投票)でお願いします」と声をかけると、すぐに選挙管理委員が来てくれて先程書いた流れに沿って投票することができるようになった。特に厳密さが求められる選挙という場面の割には、かなり柔軟な対応だと感じる。
これらの例のように、書類への署名や投票など自身で書くことが必要な場面というのは、本人の意思を確認しなければならないときだ。利用者の心身の状態にもよるが、私の場合は私が「うん」と言えば意思確認としては十分なのではないだろうか。実際、区役所の窓口で書類を書く際にも隣にいるヘルパーに代筆してもらっているが、区の職員に咎められたことはない。本人がいて担当者(第三者)が確認していれば、本人の意思を確認するという目的は達成できるはずだ。逆に、利用者宅に送られてきた書類に内容を記入し、署名捺印をして返送する場合は、本人の意思確認として厳密には不十分だと感じている。私もこの一連の作業をヘルパーにしばしば頼むが、やり方によっては私の意に反する内容を書いて返送することもできてしまうからだ。つまり、誰が名前を書くかは本質的な問題ではないのである。
もはや、署名とは本人の了解、同意を得たことを示す儀式のようなものだと私は捉えている。それならば、時代の変化と技術の進歩に鑑みて、様々な手続きを電子的な方法に変えることも進めていくべきではないだろうか。確定申告すら自宅からオンラインでできる時代に、紙の書類に署名という形式を維持する必要性を、私は感じない。高齢者や重度の障害者には利用しづらいのではないかという慎重意見が必ず出てくるが、そのような人には適切なサポートをしていけばよいのだ。しかしそうは言っても、すぐに社会が大きく変わることはないだろう。紙の書類に署名という習慣が簡単になくなるはずはない。ならば、書類の署名欄を大きく書きやすくしたり代筆を柔軟に認めたりという、厳密さと柔軟性のバランスをとる工夫をしてほしい。手続きの意義と本質的な部分を精査すれば、不可能ではないはずだ。必要な手続きをする際に、個人にとって負担の少ない方法を選べる環境が整うことを、切に願っている。
加藤拓(かとう たく)
1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。 趣味はゲームと鉄道に乗ること。