介護のお仕事から学んだこと 自分にとっての『当たり前』『普通』という感覚を取り払う

介護のお仕事から学んだこと 自分にとっての『当たり前』『普通』という感覚を取り払う

吉田ひとみ



現在私は東東京(主に23区)でマネージャーをやらせていただいている。

高校を卒業してから、特別養護老人ホームで8年、重度訪問介護事業所4年。
そんな私は福祉、介護の世界しか知らない。


介護の仕事から学んだことは計り知れないし、未だに勉強の毎日で発見や驚きも多い。

今ならそんなもの『当たり前』と思うことも多々あるが、振り返ると介護の世界に足を踏み入れた当初、何も知らない私にとっては『当たり前』ではなく、ひとつひとつが介護の仕事から学んだことに繋がると思っている。


まず、私が一番最初に学んだことは、ご利用者様、ご家族様、かかわるスタッフそれぞれにおいて、性格や考え方がみんな違うということ。

何度も言うが、人の性格は多種多様でそんなもの『当たり前』のことで、そのこと自体を分かっていたつもりではいたが、全く分かっていなかったを身をもって体験したのだ。

自分の思い描く仕事の働き方、人との関わり方、上司や同僚との関係について疑問を感じることもあり、イメージ通りにことが進まないと、
なんでこの人はこんなにワガママで自己中心的なんだろうか、
どうして人の意見を聞いてくれないんだろうかなど、
不安要素のみにフォーカスして暫し考え込んでしまうことが多かった。

もちろん、多彩な創造や自分とは違った視点を持つ方々もたくさんいた。
未熟な私を諭してポジティブなマインドに変えてくれる上司。
良いように使われているな~なんて思ったとしても、気持ちよく働けるから寧ろ気持ちが良い。(笑)

今までの経験で、スタッフに対して指導することが多くあった。
例えば、事前に待ち合わせをしていたの時間を過ぎても来ない、
当日のバックレで社会人としてあるまじき行為をする、
ケアの研修中明らかに、ご利用者様が苦しそう、痛がってそうな表情を目の当たりにしているのに全く気付けない、
更に清潔保持に関して言うと、台布巾の上に経管栄養で使う接続チューブを置くことに対して不潔に感じない、等々。

指導が至らないことがそもそもの原因なのだが、『当たり前』や『普通』という言葉を伝えても何の意味も成さないことに気が付いた。

私が思う『当たり前』『普通』という言葉は、他人にとっては『当たり前』でもなければ『普通』でもないのだ。

まずは、自分にとっての『当たり前』『普通』という感覚を取り払うこと、認識が違うということに対して素直になること。


なぜ、どうして、一つ一つの過程に理由づけをしていかないと本質を理解してもらえないし、なにより私自身が自分の概念に囚われてはいけないのかなと思う。

この業界においても、性格だけでなく国が違うこともあれば生活スタイルも人それぞれ。
大袈裟だが、お互いのカルチャーを理解し、そして尊重し、高め合うことも必要なんだなと思うこの頃である。

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