~ライダースジャケットの変人が教えてくれたこと~

~ライダースジャケットの変人が教えてくれたこと~

鶴﨑彩乃



「人生の分岐点」や「運命の出会い」とか詩的な言葉を使って、自分の人生の一場面を表現する人がいる。声に出すのは少し恥ずかしいとためらう人がいるかもしれないが、文章となると色々な人の「ナルシスト魂」に火がつくのかそんな表現をよく見かける。しかし、よく考えてみてほしい。「自分の人生の分岐点」の真っ最中には、当の本人は「あ。今私、人生の分岐点だわ。」とは気づかない人が多いと思う。私は、後から振り返って、「分岐点」はあそこかなとしみじみ思うものだと思う。少なくとも、そんな出会いを数回している。その中でも最も印象的だった出会いの話をしたい。甘酸っぱいロマンスではない。最初にことわっておこう。

彼女に出会ったのは中学生のとき、私の弱い記憶力では季節は思い出せない。しかし、そのとき私はトイレで用を足していた。実家は、玄関の真っ正面がトイレで扉を閉めるという習慣もなかったから、私と彼女は、とても気まずい状況でお互いに「はじめまして…」の言葉を発することになったのだ。せめて、ひざ下までなんか穿いとくんだった。そ んな何とも言えない雰囲気のまま、研修が始まったのだが彼女は変な人だった。研修中、一切メモを取らないし、研修をしてくれている人に一切質問もしないのだ。私とたわいもない世間話をする。ただ、それだけ。しかも、私を質問攻めにするわけじゃない。気づけば、私が勝手にスルスルと話し出すのだ。その日の研修の最後、彼女は「次回からは1 人で来ます。」とさも当然のように言った。身体にも触れていないのに。「いいよね。」といった。彼女の笑顔に反論する気はなかったので、こくんと頷くと母にバイクで来てもいいかという許可を得て、颯爽と帰っていった。彼女が初めて入浴介助に来る日。予告通りバイクでやってきて、背中全面にスヌーピーがプリントされた紫のライダースジャケットを着ていた。ダサッ。速攻で入浴介助の服に着替えると、当時既に折り合いが悪かった父と、ぎくしゃくとした空気感が支配するリビングから自然にお風呂場へ連れ出すと、美しい所作で入浴介助をこなしていた。それが、終わって私が興奮気味に「すごいね!何者なの?」と伝えると彼女はニヤッと笑って「そやろ。」と言った。

それから、私は彼女が来るのを心待ちにするようになった。お風呂の中で色々な話をした。当時。私は自分の障害について、1番漠然とした不安と恐怖を抱いていた時期だったので母に介護という負担をかけてまで、自分に生きる価値があるのかと相談した。すると私は彼女に抱きしめられた。急に強く抱きしめられたから、すごくびっくりした。同時に涙が止まらなかった。嗚咽も止まらなかった。何時間泣いていただろう。彼女の前で泣けていなかったら、自分の障害受容への不安と恐怖に押しつぶされて確実に私は死を選択していただろう。私にとって彼女は命の恩人だ。彼女にたくさんのことを相談していくうちに、私は彼女への依存性を高めていった。利用者とヘルパーという関係性においては、1番いけないことだ。しかし、当時の私は不登校で家族ともギクシャクしていたため、彼女の「暖かさ」と関係性の「心地よさ」にすがらなければ、私自身の精神衛生が保てなかったのだろうな。中学校の卒業式も彼女に出席してもらった。命を絶つという結果にならなかったのは、彼女のおかげだし、「ありがとうございます。」と伝えたかったことと、単純に褒めてほしかったのだと思う。彼女が私のわがままを快く承諾してくれ、卒業式に来てくれた。すごく、嬉しかった。飛び上がるほどに。

しかしその直後、彼女は私の前から姿を消した。唐突に。母には連絡があって、「今は彩乃には会えない。でも、必ず彩乃にいつか会いに行く。そう伝えてほしい。」と。母は、取り乱す私に優しくこう諭した。「鬱かもしれない。だから彼女の心が元気になるまでまったあげよ。」鬱というのは、母の優しい嘘かもしれない。その嘘のおかげで、「福祉」という世界に興味を持つのだから人生とは、不思議なものだ。鬱ってなんだろうとか、仕事をしているだけで心の調子を狂わせる「福祉」ってどんな仕事だよとかね。

彼女は、私にたくさんのことを教えてくれた。ヘルパーと利用者の適切な関係性の大事さ・依存性の怖さ・「生きてるだけ」の素晴らしさ・将来の進路、などなど。すごいよ ね。私たちの関係性を他のヘルパーさんに求める気はない。というか、求めちゃいけない。めっちゃ悪い例やし。でも彼女は私の命の恩人で、人生のキーパーソンだ。そして何 より今でも大好きだ。彼女は、大阪の吹田からバイクに乗って私のいる神戸に来てくれていた。だから、大阪にいればいつかばったり会えるかな。と気持ち悪いけど、そう思っている。神様のいたずらでいつか会えたらいいな。


【プロフィール】 鶴﨑彩乃(つるさきあやの) 障害名:脳性麻痺(先天性=生まれつき)、神戸学院大学 総合リハビリテーション学部社会リハビリテーション学科 卒業生、精神保健福祉士・社会福祉士 資格所有、大阪で一人暮らし 6年目、趣味 お城めぐり (目標 現存十二城制覇)

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