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戦争時に似ている気がして仕方がない

戦争時に似ている気がして仕方がない

吉次まり

新型コロナウイルスが瞬く間に流行し、目の見えない敵に翻弄されている人間がいる。
人間は道具を使いこなし、知能を発達させ、この地球上で一番最強だと錯覚しているのでは?と思うほど、自由奔放に生きている。
食物連鎖や生命の秩序なんて御構い無しで、この地球で我が物顔で生活している。

そんななか襲ってきた新型コロナウイルス。
さすがの人間も、いま現在なす術がない。
*もちろん、日夜ワクチンや薬の開発に励んでくださっている方々がおられ、心から感謝いたします。

感染を防止するために今できることは、行動を自粛し、人と関わる人数を極端に減らすというアナログなことしかない。
生きるというのは、自覚をしている範囲でも、朝起きてから寝るまでに多くの人と人とが関わりあうことなのだ、と改めて分かる。
直接の関わり以外を含めると、よりもっと多くの人と関わりあって生きている。
それが、“人に会う人数8割減”となると、家に引きこもる必要がある。
仕事や学校、通院や買い物、息抜きにさえ影響を及ぼしている。

今回のことで、人は人に支えられ、人を支えて生きている、そして、人と人の交流なしでは生きていけないことを改めて身に染みたと思う。

ただ、確実に言えるのは、この病気は接触をしなければ感染をしない、ということだ。
つまり今はきつくても、自宅待機をしていればこの流行を食い止めることができるのだ。

多くの人が今までと全く違う環境になり、人と会えない中で多くの制約が出ている。しかしSNSや情報番組を見れば、(不要な)外出や旅行をしている人も見かけ、そのような人を必要以上に叩く行為もしばし見受けられる。
電車内で乾咳や喘息の咳をしただけで、白い目で見られ、まるで非国民かのような扱いを受ける。
もちろん、全員が一致団結し“人との接触8割減”を徹底することが理想的だし、頑張って自粛生活を送っている人にとっては、「ちょっとくらいいいよね」と思っている人を腹立たしく思う気持ちも理解できる。
しかし、実際叩いても意味は無いし、何よりもそれぞれ事情がある。
できていない人を避難するのではなく、ただそれぞれが事態収束のために、自分のこと、大切な人のことを思って行動することが一番なのではと思う。

日本人は個人よりも周囲のことを気にし、周囲とのバランスを上手に取ることができる人種だと思う。
だからこそ、この狭い島国で、民族戦争もなく長い間生きてくことができているのだと思う。そう考えると協調性があるとも言え、とてもいい面もあると思う。

しかし、逆に言えば、人の目を極度に気にし、全員が同じ行動を取ろうとし、外れる者は処罰するかのごとく非難する傾向があるように見える。
これは昭和の戦争時に似ていると見えてしまうのは私だけだろうか。
戦争時、少しでも人違う言動をすれば、どこかの誰かが通報し、婦人会や軍事警察(特高)が飛んでくる。
ヘタすると逮捕されることもあった。
*…とドラマで見た。現実とどこまで相違があるのだろう。
もし現実だったとするならば、今の日本は、大衆の意見にただただ流され、少しでも歯向かえば袋叩きにあうかのようなバッシングが起こりかねない。

インターネットが普及し、多くの情報を手に入れることができる世の中なのだから、もう少し個人個人考え、責任をもって言動して欲しいと思う。
そして、みんなでこのコロナという敵に勝てないものだろうか。
*今回の投稿はあくまでも個人的見解です。



【筆者プロフィール】 吉次まり(よしつぐまり) 平成1年3月生まれ あの昭和63・64年・平成1年という奇跡の学年 骨形成不全症 1種1級 全介助 スウェーデン製の電動車椅子ユーザー。その会社のモデルも務める。 中学・高校は国立附属の特別支援学校に行くが、幼稚園・小学校・大学は普通校に通う。 大学卒業後、大手外資系にて8年半勤めるが、次第に背伸びをせず自分らしく生きたいと思い、勇気を出して退職。令和2年3月から土屋訪問介護の社員として働く。 趣味はアーティストのイベント参加と国内外旅行。パソコンや携帯などが好きすぎて家電量販店には何時間でも居られるほど。 買い替えをお考えの際はぜひお声がけ下さい! ユースタイルラボラトリー社員。