「樹(き)のように水のように生きる」

並木 紀子


第8回 2023.10月

「声を取り戻す」-ボイスレトリーバー

前回は、ボイスレトリーバーのことを知ったところで終わりました。
そのときは「夢のようだ」と思っただけでした。
ボイスレトリーバーは、東京医科歯科大学の戸原教授のもとで学んでいる、大学院生が発明したということでした。

ところで、私は毎月1回、訪問歯科のA先生に診てもらっています。
A先生は、いつも歯の手入れが良く出来ていると誉めてくださいます。
また、口や舌の動きを診て、嚥下機能が落ちてないか、チェックしてくださっています。
私は幸い、首から上の機能が保たれているので、ALSにしては口がよく動きます。

それを知っていらっしゃるA先生が、ある日
「ボイスレトリーバーという器機を、僕の後輩が発明したのですが、まだ改良点がたくさん有ります。
並木さんにモニターになってもらって、アドバイスしてもらえないでしょうか?」
と、おっしゃったのです。
私は 「こんな偶然が有るなんて」と驚きました。

A先生が東京医科歯科大学出身だということも知りませんでしたし、まして「夢のようだ」と思っていたボイスレトリーバーのモニターになれるなんて、こんな幸せがあるでしょうか!

もちろん、私は喜んで承諾しました。

A先生が紹介してくださったのでしょう。
しばらくして、東京医科歯科大学の大学院生、山田大志(ひろし)さんが来てくださいました。
戸原教授が
「声を失った患者が再び声を取り戻す方法が、私たちの研究で出来るのではないか?」
とおっしゃったことを受けて、実現されたのが山田さんなのです。

山田さんたちは研究資金を集めるために、クラウドファンディングで寄付を募ったということでした。
予想以上に反響が大きく、充分な資金が集まったそうです。
それだけ、このボイスレトリーバーは、皆さんが待ち望んでいたものだと言えるでしょう。

山田さんは、私の口の中を観察してから、口や舌を動かすようにうながしました。
そして、
「これだけ動けば、充分使えます。今日は歯型を取りましょう」
とおっしゃって、柔らかいゴムのようなものを上の歯にしっかりと押しつけました。少し待ってからはがすと、上の歯型が取れました。それから、1カ月後に予約しました。

いよいよその日になりました。

山田さんは、出来上がったマウスピースと、小さな器械を見せて、言いました。
「このマウスピースの中に、小さなスピーカーが入っています。マウスピースに付いているコードを、この器械に差し込みます。また、並木さんがいつも使っているスイッチのコードも差し込みます。
これから、ヘルパーさんにオーと長く声を出してもらって、録音します。
並木さんがマウスピースを装着してスイッチを押すと、オーという音が10秒間流れます。
その間に口を動かすと、声が出せるというしくみです」

その通りにしたところ、私の口から声が出たのです!
オーという音が大きいので、聞き取りにくくはありましたが、確かに話すことが出来ました。
私は、また話せるなんて夢のようで、感激しました。

その後、私は使ってみた感想や、こういう機能があればより良いのではないかという提案を、出来るだけ多く山田さんに伝えて、改良に役立ててもらおうとしました。
そのために毎日ボイスレトリーバーを使って、10秒間の感覚をつかんだり、聞き取りやすい発声を練習していました。
抑揚をつけるためには、手で操作しなければならず、私には出来ません。したがって、どうしても棒読みになってしまいますが、その内、それも改良されるでしょう。

その後山田さんは、このボイスレトリーバーをもっと改良して広く普及させるために、新会社を立ち上げられました。
<㈱東京医歯学研究所 代表取締役、社長 山田大志>
最後に、名刺を載せておきますので、興味の有る方はQRコードを読み込んでみてください。



ボイスレトリーバーが世の中に広く知られるようになれば、これまで声を失うのが嫌で気管切開をためらっていた人々に、勇気を与えることでしょう。
また、既に声を失った人々には、限りない希望となることでしょう。
皆さん、どうか山田さんの新会社を応援して上げてください!
ボイスレトリーバーに救われたものとして、心よりお願い申し上げます。

さやき眼の 青年歯科医の 作りし機器で 我は声を 取り戻しけり

キラキラと 流れて行くよ メラチューブ

並木紀子(なみきのりこ)
1951年生まれ。2009年に進行性難病のALSの診断を受け、現在は人工呼吸器をつけ重度訪問介護サービスを24時間利用しながら生活を送っている。
2018年に絵本を自費出版。
https://www.youtube.com/watch?v=q3DQ84quLPM
「体は不自由でも 心は自由です。空を飛びます。風を切って走ります。楽しい歌を歌います。あなたへ 言葉を送ります。のりこさんの 声を聴いてください。」
推薦文より

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