利用者・加藤拓の経験”知”

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加藤拓


第5回 利用者とヘルパーが適切な距離感を保つためにできること

7月の初めに誕生日を迎え、また1つ馬齢を重ねてしまったのだが、その数日前に人生初の「ギックリ腰」というものを経験した。車椅子に長時間座るのが辛くなってしまい、誕生日当日にあった仕事を急遽オンラインに変更してもらう事態になり、いつもより年齢を感じる誕生日となった。腰を痛めやすいという点では車椅子ユーザーもヘルパーも同じだろう。互いに気をつけて過ごしたいものである。

さて、第3回第4回では、利用者とヘルパーが共有すべきことは何か、また共有することの意義は何かということを考えてきた。ただ、もちろん何でも共有すればよいというものではない。利用者とヘルパーの間でも慎重に扱うべき情報や、共有することは避けた方がよい事柄もある。そう聞いて多くの人が思い浮かべるのは、「個人情報」と「プライバシー」だろう。今回と次回はそういったデリケートな情報の扱い方を通して、利用者とヘルパーの関係について考えてみたい。

個人情報とは、「氏名、住所、連絡先情報、生年月日など、組み合わせることで個人を特定できる情報のこと」をいう。それに対してプライバシーとは、「個人や家庭内の私事や私生活、個人の秘密のこと、またそれを他人から干渉、侵害を受けない権利のこと」をいう。これらは一般的には保護されるべきものだが、利用者は住所や氏名など一定の個人情報を提示しなければケアを受けることはできない。私の場合、日中を中心に毎日7~8時間のケアを受けて生活しており、ヘルパーに家庭内のことや個人的な事情をある程度知られてしまうことは避けられない。では、どうせ知られてしまうのだから仕方ないと諦めるしかないのだろうか。利用者とヘルパー双方にできる配慮や工夫はないのだろうか。

たとえば、私は男性のヘルパーを2人派遣してもらい、自宅の浴室で入浴している。その準備の際に、

「利用者のAさん、明日ワクチンうちにいくってさ」
「あ~、Aさんは明日なんですね。Bさんは来週だそうです」
「そうか、ケア時間の変更とかあるかな?」
「どうでしょう?連絡きたらすぐにお知らせしますから」
「うん、よろしく」

という会話が聞こえてしまったことがある。ヘルパー2人が、私の部屋から少し離れた部屋で着替えているときの会話だろう。同じ事業所のヘルパー同士が顔を合わせる機会はそれほど多くなく、情報交換のタイミングとして便利なのかもしれないが、これはいただけない。自分の知らないところで、誰かに聞こえるような状態で自分のスケジュールなどが話されているとしたら、誰でもいい気分はしないはずだからだ。当然私としては聞き流すが、名前を伏せずに他の利用者の話をするのなら、私のケアが終わった後に家の外でするなどの配慮がほしい。そしてこれは、利用者側にもいえる。他事業所のヘルパーなど、その場にいない人のことを話す際には名前を伏せたり、話し方を工夫したりするなどの配慮は必要だろう。

また、互いの話をするときにも必要以上にプライベートなことを根掘り葉掘り聞かないことは大切だ。関係づくりのためにはある程度の自己開示は必要だと思うが、互いに不快にならない程度に少しずつ深い話も混ぜていくというのは、利用者とヘルパーに限ったことではないだろう。互いに心地よい適切な距離感を模索することは、ハラスメント等のトラブルを防ぐこともつながる。これまでも書いてきたが、関係づくりには双方の努力が必要なのである。

それから、利用者は周囲に秘密の行動をすることが難しい。私個人の話になるが、価値観の合う女性と支え合いながら人生をともに歩みたいという望みを捨てられず、恥ずかしながら婚活を続けている。それ自体はケアに入るヘルパーの大部分が知っているが、具体的な進捗状況を私から話すことはほぼない。稀に、仕事の勉強会などで知り合った女性と連絡先を交換して食事に行くことがあるが、そのためには女性に声をかける必要がある。私1人のときはいいが、隣にヘルパーがいる場合、このときばかりはヘルパーのことを「疎ましく」感じる。自分が異性に声をかけている瞬間を隣で見つめられていると想像してみてほしい。その気恥ずかしさはおわかりいただけると思う。多少わざとらしくても、席を外すなりそっぽを向くなりしてもらえるとありがたい。これは特殊な例かもしれないが、ケアの間であっても「分かち合いたくはない瞬間」はあるものだ。

先ほども書いたが、利用者はケアのためにヘルパーを自宅に招き入れることで、自分の個人情報や私的な事情を晒して生活しなければならない。それはとても勇気のいることで、ある種の緊張状態を強いられることでもある。我が家ではいつも19時30分にはケアを終えてヘルパーが帰っていくが、そのとき、自分が大きなため息をついていることに気づくことがある。今のヘルパーのシフトやケア内容に大きな不満があるわけではない。それでもヘルパーが帰るとホッとするのは、私も無意識のうちに緊張状態で過ごしていることの表れなのかもしれない。冒頭の写真のように自室でひとり、リラックスしてゲームを楽しむ時間は、私にとって貴重なプライベートの時間、空間の1つだ。自分の中のスイッチをオフにできる時間は、誰にとっても必要ではないだろうか。

ケアを受ける以上、利用者は自分を取り巻く事情を知られる勇気を持たなければならない。ならば、ヘルパーはその勇気に応え、知り得たことの秘密を守り、利用者とともに適切な距離感を模索し、利用者のプライベートな時間、空間の確保のために工夫をしてほしい。それはきっとよりよいケア、よりよい日常生活の実現にプラスに働き、利用者とヘルパーが息の長い関係を構築することにつながると私は思っている。


加藤拓(かとう たく)
1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。
趣味はゲームと鉄道に乗ること。

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