私が自立生活をスタートしたのは、2000年の2月からでした。 私が20歳になる頃から両親の高齢化により日常生活動作に不自由を感じるようになってきました。家族は施設への入所を強く進めてきました。それに反発したい私は施設が嫌ならば他に生きる道を探さなくてはと考えました。施設で一生を終わる人生には絶対にしたくない。これが私の自立生活スタートの大きな決意と転機でした。
自立生活センターで活動
重度の障害を持つ人が(身体・知的・精神 他どんな障害であっても)地域で暮らす事を前提として健常者と同じような生活を可能にする当事者団体です。 先輩当事者が重度障害者に対して経験に基づく支援をします。個別の課題を解決し、障害はあっても一度きりの人生を自分らしく生き抜くお手伝いをする団体と出会えた事で一人暮らしに踏み切る大きな原動力となりました。
自立生活を可能にする為に行われるプログラムがあります。 始めに、例えば住宅については障害を持っている人が不動産屋に行けば、物件は紹介してもらえないのが当たり前であることを覚悟して、解ってもらえるまで粘り強く不動産屋を巡る事を教わり、介助者が一緒にいるので火災などの危険は普通の人より少ない。金銭的には所得保障制度があるので家賃滞納はあり得ないことを伝えることにより、地域生活をする拠点が見つかるまで共にサポートして頂き引っ越しをすることが出来ました。車椅子で住むにはベニヤ板等分厚い物を敷いてスロープ代わりにしたり、ウッドカーペットを買ってきたりして畳の部屋でも可能になることを学びました。ハードルを低くすることによって家賃の払いきれる家は見つかることが分かりました。
それから、介助者について学んだ事としては“介助者は家族でも友人でもない”指示の下動かぬ手足の代わりをしてもらう人です。自己決定には義務と責任が伴うことを学びました。 それから具体的な介助の方法もどこを支えれば自分の身体は安定するのか、なにに注意して介助行為をしてほしいのか、はっきり伝えることが重要であると分かりました。事故についても伝えた私の自己責任です。 介助はどんな時に必要なのか考えて、必要な時間数が貰えなかったら、足りない時間をどう補うかを私が理解する為自立生活体験室で2泊3日暮らしました。実感として私の場合は24時間365日人の手が必要であると認識しました。
そして制度交渉の仕方も学びました。実際24時間になったのはその後18年かかりました。 次にどうやって生活費を得るかについて勉強しました。国・都・区の制度を活用して生活を成り立たせています。自分で必要性を訴えて獲得しなければ一銭も入ってこないのでこの勉強が苦手でした。最初は金銭のやり繰りを家賃など絶対に出ていくお金を差し引いて、いくら残るかレシートを貼って1日ずつ計算し、方法を覚えていきました。同じものの値段が高い時や安い時があることも知らずお金が無くなり焦りました。
食事は栄養バランスを考えたメニューを調理実習して私の指示で切り方を伝え、介助者と料理を作る練習をし健康食を食べる努力をしました。料理がまずくても自己責任であることを知りました。 体調が悪い時は病院に行き悪化を防ぐことも健康管理のうちであることを勉強し今でも過度に無理はしないことを習慣にすることができました。
このように様々な経験を積み重ねる中で、自信が付き現在の生活へと繋がることができたと思います。 この自立生活プログラムと並行してピア・カウンセリングというものがあり障害者が置かれている苦しみはあなただけが苦しいのではなく、先輩たちも皆通ってきたことであると障害者同士で心の内をさらけ出し吐き出して、辛いことがあっても頑張って暮らし続ける心の支えを得る事が出来るプログラムも自立生活が軌道に乗るまで幾度となく受けていました。行政交渉が上手くいかず介助が必要な分だけ受けられない。ひとりで過ごす事に大きな不安がある。一日も早く自立生活を軌道に乗せたいのに、課題山積で前に進まない時があり私にはやはり自立は向いていなかったと考えてしまう瞬間に仲間がピア・カウンセリングの手法を使って話をただただ否定せず、聞いてくれたことで今日まで困難を乗り越えて自立生活が継続できています。自立生活プログラムとピア・カウンセリングは重度障害者の自立にとってなくてはならない車の両輪のような存在です。
これからも私が先輩にしてもらったように今度は私が若い重度障害者に同じことをしてあげられるような存在になりたいと思う今日この頃です。介護保障制度獲得についてもさまざまな手法があり、やみくもに交渉しても必要なものは勝ち取れない事を最近学びました。自立生活スタートの頃の初心に返って生活を改めて見直し、着実に暮らしを続けていく中で私のような暮らしを目指してくれる、若手の障害者が一人でも増えていく事によって、重度な障害者も必要な援助を当たり前の権利として受けながら暮らす事が当然の社会を揺るぎないものとして作っていきたいと思います。障害はあっても夢や希望は叶います。一緒に楽しく生きていきましょう!!
渡邉由美子
1968年6月13日生まれ 51歳
千葉県習志野市出身
2000年より東京都台東区在住
重度訪問介護のヘルパーをフル活用して地域での一人暮らし19年目を迎える。
現在は、様々な地域で暮らすための自立生活運動と並行して、ユースタイルカレッジでの実技演習を担当している。