戦争は女の顔をしていない

城谷平


ジャンルにこだわらずいい本、いい音楽、映画などは紹介させていただきたいと思っています。「戦争は女の顔をしていない」の女性作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさんは第二次世界大戦に参加した延べ500人もの女性を取材し丹念に彼女たちの声を聞いた。30年も前に書かれた本だが、当局から出版禁止処分を受け長い間日の目を見なかった。

戦争の悲惨さを描いた本作が国の恥部とされたからだ。日本でも大いにありうる話。書かれているのは歴史の真実にほかならない。例え、後世の人が不快と思おうと。 だが、作者はジャーナリストとして初めて2015年、ノーベル文学賞を受賞した。

ある意味画期的だったのは小梅けいとさんという女性漫画家によるコミック化作品であるということだ。勇気ある試みは成功している。劇画でなく、あえて漫画という。小梅さんの画風は戦争ドラマにありがちの仰々しい大河ドラマ的な劇画タッチからは遠い。そのことが多くの若い読者をうむと思う。

漫画化のメリットは、漫画が持つ独自のリアリティだと思う。女性作家らしい少女漫画に通じるセンチメンタルなリアリティといおうか。即物的な面もある。女性の生理に関する模写が出てくるが、小梅けいとさんという作家でなければならなかったことが理解できる。

また、模写に関して速水螺旋人さんの監修による綿密な考証が模写の真実性を強力に裏打ちしている。それは、女性兵士の服装、ヘアスタイル、ドイツ軍含む各種の兵器に至るまで徹底されていて、女性的感性の繊細さと強靭なリアリティを両立させている。

意外なほどにかわいい画風だ。それが、例えば戦闘機の優秀な乗り手だったり、優秀なスナイパーだったりする当時の若い女性の姿を浮かび上がらせている。彼女らはそうならざるを得なかった。軍隊の中で若い女性でいるという過酷な状況を大げさでなく描いていると思う。

本書の舞台である独・ソ戦争は、ヨーロッパ東部戦争ともいわれる。日本はこの片方で、アメリカ相手に無謀にも勝てるはずもない太平洋戦争を始めた。

独ソ戦争がどんなものか、死者数をあげるとわかりやすい。

独ソ戦でソ連側の死者は民間人合わせて2700万人。ドイツの死者は約800万人。因みに日本の死者数は300万人。桁が違うのだ。たぶん人間の歴史上でも最悪の戦争だろう。改めて数字にびっくりすべきと思う。無知をさらけ出して僕もびっくりした。ここには、「僕たちの知らない戦争」がある。

僕自身とうに還暦を過ぎているけど、あの戦争に行ったことなどあるわけもない。戦後に生まれた。恥ずかしさを忘れて言えばその他大勢の「戦争を知らない子供たち」だ。そういう歌があったのだ。

ただ知識としての戦争は知っていたつもりだった。子供のころビルマに6年間従軍していた父親が一緒にお風呂に入るとき、あくまで子供向けバージョンだが、飽きるほど戦争のばかばかしさを聞かせてくれた。だから戦争を少しだけ知っている。だからもっと知らねば、とも思う。知識って大事だ。

ネタ割りは本を紹介するときのタブーだけど、本作は聞き書きだから、最初から最後まで裸のネタだらけだ。だから、少々のネタ割りでびくともする本じゃない。要約も無意味で、読んでいただくしかない。

…「もし負傷するくらいなら殺してしまってください…女の子が不具にならないように」。幸せって何か?「殺された人ばっかりが横たわっている中に生きている人が見つかること」…「一番恐ろしかったのは…男物のパンツを履いてること」…死がむんむんするくらい充満しているけど、明らかに女性の世界はハードボイルドを超えてハード。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)、とはベトナム戦争後に復員兵の苦しみを病理分析する中から生まれた言葉だけど、この本を読めば、戦争を経験するなら全員に当てはまることだと本書は語る。勝とうが敗けようが、いい戦争なんてありません。実際ロシアは戦勝国なのだ。

コロナ禍でもPTSD問題は起きると思う。日本以外でドイツのメルケルさん他、女性の首脳が素晴らしい仕事ぶりだったことを思い出す。とまで書いて、日本の現状を顧みると女性が総理やればいいのに、とはとても言えないのにひどく寂しさを感じてしまう。さえない締めだけど、本の力が強いと、こうなりがちと言い訳してこの文を終わる。

※ウィキペヂアによると(以下要約)、「戦争は女の顔をしていない」の日本語版はロシア文学専門の出版社である群像社より2008年発行。翻訳は三浦みどり。2015年10月、アレクシエーヴィチのノーベル賞受賞を受け、同社は1000冊の増刷を予定していたが、著者の著作権を管理する代理人から権利消失のため出版できないと通知された。その後、岩波書店が翻訳権を獲得、2016年に刊行され、文庫本が出ている。

※同氏の『チェルノブイリの祈り』では、チェルノブイリ原子力発電所事故に遭遇した人々の証言を取り上げている。


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