「紛争の心理学」〜対立や紛争の現場にある人へ〜 (講談社現代新書)アーノルドミンデル著
著者のアーノルド・ミンデルは、「プロセス指向性心理学」の創始者で、「ワールドワーク」という紛争解決のワークを世界各地で行っている。今回紹介させていただく「紛争の心理学」という本は、
そのワールドワークの実践に裏打ちされた、ミンデルの奥深い人間・社会洞察が網羅的にまとめられた書物で、
各種社会課題に取り組む人、ほぼどのような人にとっても有益な視点がいくつも提示されている。
個人的には、この本が無ければ、かつて非常に厳しい現実諸課題に向き合った時期を乗り越えることが困難であった。
人間関係の問題や、何か困難な状況下にある方には、特にこの本の一読をお勧めしたい。
「ランク」という概念を、ミンデルは大小の対立・紛争を見ていくときに非常に重視している。
私達は一人ひとり、様々な出自や育ちをしており、自覚的・無自覚的な社会的地位・立場・力関係を有している。
ごく当然のことのような視点だが、「無自覚的」なランクが自覚されてないがゆえに、
紛争の火種を個人レベルから国家レベルまでもたらし、また強化している、というような視点は、とても大切だ。
「ランク」が下に置かれ続けると、人がどうなるか。
一つの帰結として、紛争が生じ、極端な抑圧が生じれば、そこに一種のテロリズムが生じる。
「テロリズム」は、様々なレベルで生じる。
それは、ランクの自覚と、抑圧構造への自覚を促しており、
解放を求める衝動とも言える。
ミンデルは、実際に紛争地やテロリズムが起きている地域で、
例えば、実際に対立する2グループの間の問題を「ワールドワーク」することなど行ってきている。
その彼が非常に重視することは、
「紛争の炎の中に身を置く」ということだ。
紛争や対立の炎の中に身を置きつつ、そのプロセスと共にある人を「長老」と彼は命名している。
この視点は、激しい紛争に身を置く際に、非常に示唆的、かつ助けとなる面があることを、私もかつて深く体験した。
ミンデルの実践的提言は、非常に示唆に富む。
ワールドワークについて示唆に富む基本的姿勢を、著作から一部引用したい。
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・混乱:ワールドワークでは、衝突と混乱を重視している。
・学ぶ姿勢:ワールドワークでは、衝突こそが最もエキサイティングな教師であると捉えている。
・開かれた心:ワールドワークでは、衝突の炎の渦中にとどまりながら燃え尽きないために、開かれた心を大切にしている。ワールドワークは、その炎の熱をコミュニティ創造のために活用していくのである。
・自己認識:ワールドワークでは、自分自身の身の回りで起こっていることは、すべての衝突の一部である、という認識を強調している。ワールドワークは、紛争解決の糸口として、自己の自覚を高める。
・未知なるもの:ワールドワークでは、未知なるものを尊重する姿勢がコミュニティを持続させると考えている。(P32〜33)
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また、別の重要な洞察に「テロリズムは中毒になる」というものがある。そのあたりの洞察で、いくつか引用したい。
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「世界を変化させる復習の権力をひとたび体験すると、テロリズムは中毒になる」(P164)
「文化の不正を正そうという熱意を持つ人々が、威圧的かつ非寛容的になり、派閥主義や内紛が引き起こされることはまったく驚くことではない」(P165)
「私たちはみんな、あるプロセスの犠牲者であると同時に、他のプロセスにおける加害者になりうるのである」(P165)
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私達一人ひとりは、様々な側面を持つ存在であり、
無自覚なランクや紛争の種を持つ。
身近に対立や紛争、苦しみの現場がある場合、
何かのテーマで深く葛藤や模索を続けてきている場合、
この本には示唆的な視点が多く記されており、一読、味読をお勧めしたい。
私は大量の本を読んできたが、この本は、実際に人生で役に立ってくれた10本の指に入るものであり、
座右の書である。
ただ、惜しむらくは、すでに絶版となっており、
中古本はやや高値になっていることである。
再販されることを心から願うと共に、
興味のある方は、ぜひ図書館や、少し高くても中古で手に入れることも損はないと思う。
対立や紛争の現場にある方は、ぜひどうぞ。
【略歴】
1972年神戸生まれ。早稲田大学第一文学部卒。在学中に障害者運動の旗手の一人である安積遊歩と出会い、卒業後すぐに安積と同じ骨の弱い障害を持つ愛娘宇宙(うみ)を授かる。猛烈な家事育児介助とパートナーシップの日々は、「車イスからの宣戦布告」「女に選ばれる男たち」(共に太郎次郎社刊)に詳しい。資格持ちヘルパーとして長年介助の仕事をしながら、フリースクール運営や、Webサイト作成・システム構築業に従事。2011年の東日本大震災・原発事故以降は、「こどもみらい測定所」代表、全国の測定所のネットワークの「みんなのデータサイト」事務局長・共同代表を務め、放射能測定・対策活動に奔走。2018年初頭からユースタイルラボラトリー・土屋訪問介護事業所の社内システムエンジニアとなり、長いケア領域の経験とWeb関連技術のスキルを生かして活動中。安積とは紆余曲折の末パートナーシップを解消し、今は新家族と猫と暮らす日々。