42歳、未経験の新入社員。
文字にするとなかなかのインパクトがある肩書きで、満開の桜とともに僕のユースタイルライフがスタートしました。
初めての一人暮らしは20数年前。大学進学の為に東京での新生活、その時も桜が出迎えてくれた。
東京に来てしばらくは何もかもが目新しくて、いろいろなところに出かけたことを覚えてます。
当時小説家を志望していたが、大学の近くにあった名画座というビデオレンタルショップで安く借りられた映画にハマったことがきっかけで脚本家を志して、映像の専門学校へ編入。学校の先生から紹介してもらって、ADのアルバイトも始めました。
当時はコンプライアンスの意識も低く、監督に怒鳴られて音声さんに蹴られて必死で働いて月に8万円ほど…時給にするととんでもない金額だったと思う。 家賃を払うといくらも残らないので、東京駅の地下街にある飲食店で働き、なんとか毎日を凌いでいました。
そんな折に父が心臓の発作で調子を崩した為、地元の岐阜に戻って就職先を探したところ、ブライダルの映像制作会社へ入社。そこから長らく、結婚式の仕事に携わることになります。
映像制作業ならすぐに順応できると思っていたが、ブライダル業界は礼儀作法に厳しく、AD時代のラフな雰囲気とは全く異なり、ほとんど1から覚えていかなくてはならなかった。
その為、まずは営業としていろいろな式場をまわり、お取引先の皆様から勉強させてもらうことから始めていった。この当時の経験が、今の自分の中核になっています。
2013年に、オープニングマネージャーとして名古屋の結婚式場へ転職。
オープン当初はスタッフ不足で整っていなかったことも多くあり苦労が絶えなかったが、採用から取り組んでスタッフ数を増やしていき、業績も右肩上がりに伸びていきました。
だが2020年、コロナ禍で大きく覆ってしまった。
相次ぐ結婚式の延期/解約で業績は急降下。それに伴い固定人権費削減の指示が下りてきて、ともに働いてきたスタッフが何人も去っていくこととなり、この先どうしていこうか、悩んでいた時に目に入ったのが、ユースタイルの募集でした。
父がダウン症/自閉症児の専門であったことから、幼少期から周りに障害をもった友人がおり、ユースタイルへの入社を考えたときに連絡をして会いに行きました。
障害により話すことが出来ないのでPCを介した短い会話を交わし、お互い歳をとったね、といった他愛もない内容だけど、後押しをしてくれたように感じました。
入社を決めてからは内心不安もあり、研修期間がすぐに過ぎてしまうような気がして、とても焦っていました。とても忙しくて、プライベートな時間はとれなくて、それでもいいからとにかく身に着けていきたいと考えていました。
それが…あれ?意外と休みをもらえる?
休日は趣味のトレイルラン(山を走り回ってます)で飯能や高尾へ行き、充実した時間を過ごしています。
未経験の不安も、岐阜事業所予定の仲間に(ちょっと恥ずかしいですが)正直に打ち明けて話したことで、気持ちが楽になりました。
また業務に関しても、習得期間が限られる中、コーディネーターの上原さんが丁寧に教えてくれていて、明るい人柄に助けられています。
事務所の雰囲気に馴染めてきたのは、上原さんを始め現場研修で助けてくれた細谷さんや近藤さんたち、東京事業所の皆様にサポートして頂けたおかげです。
入社して3週間、6月からは岐阜に戻っての業務となりますが、限られた期間で少しでも東京の皆様に貢献して恩返ししたいと思っています。