台風19号と私たち 自分に被害が無かったのは偶然でしかないんだと思いました

台風19号と私たち 自分に被害が無かったのは偶然でしかないんだと思いました

及川雄三



台風が上陸した日を振り返って見ると、自分が台風について甘く見ていたと思い知らされます。

目の前の出来る事を選択していったつもりでも、冷静さを欠いていたのかもしれません。

当日は鉄道の計画運休で前日の夜勤者が帰宅することができず、自宅まで送り届けていました。幹線道路は冠水している所も既にありハンドルが取られる危険な場面もありました。

自宅に戻り待機していると、夜勤のバックアップに行って欲しいと連絡がありました。

若干の躊躇がありましたが、準備をして行くことに。

携帯できる夜食が無かったので実家に立ち寄り分けてもらいました。

親からはこんな日にも仕事なの?念のため多めに用意したからと、3日分くらいの食糧と水を頂きました。大袈裟だなぁと思いましたが、親だから心配して当然だよと、後でスタッフに言われました。

支援に入ったのは川越市の荒川近くのご利用者。念のためと2階に避難されていました。

懐中電灯や吸引機の予備バッテリーなどが用意されていました。

ただご家族様やご本人は至って平静でした。荒川の土手は新しく工事されてるから平気だよ。

押し入れにアルバムがあるから見ていいよ。遠くで聞こえるサイレンや不意に鳴る緊急速報に驚きはしましたが、写真を見て談笑しながら支援することができました。

台風の情報は社内通知やニュースで確認していましたが、自宅に帰りTVの映像でみると衝撃的でした。同じ川越市内の介護施設が、荒川水系の入間川氾濫により水没していました。

振り返って考えると、自分に被害が無かったのは偶然でしかないんだと思いました。あれだけ広範囲に被害を及ぼした台風。僅かな差で被害が出た地域が変わる事もあったと思います。

計画運休が早い段階でアナウンスされてたのだから、前日の夜勤も取りやめるべきだったかもしれない。早めに家族対応に切り替えるべきだったかもしれない。

今は災害の記憶が新しいから、振り返って反省もする。記憶が風化した時に迷わず行動できるように、マニュアル作りが急がれる。

その第一歩として土屋防災宣言が策定されている。

来年もまた台風は来る。その時迷わず行動できる組織でありたい。