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『名前のない幽霊たちのブルース』~わたしののおはなし7~カホンの先生から聞いた話~

『名前のない幽霊たちのブルース』~わたしののおはなし7~カホンの先生から聞いた話~

わたしの



前回までのブルース
「できる人はえらい」ー「できない人はえらくない」というものさしから自由にさせてくれたのはある女の子の素朴な実感から出た一言だった。その言葉は心の霧を押し流し、暗くなりかけていたみんなの心を明るくさせた。
地域のイベントで時々LIVE しています「わたしの」のコラムです(^_^;)。


「嘆くことないですよ」
と、先生は言った。

先生といっても学校の先生ではない。カホンという南米の打楽器のレッスンをしてくれる先生。
LIVEをすることにまず決めてそこから私は楽器を習い出したのだった。
子どものころから不器用で、料理も工作も楽器もうまくできなかった。そこは大人になってもあまり変わらず、先生がやることを見様見真似でやろうとしても手が全然ついていかずなかなか上達しなかった。
習い事をやってみて分かったのだが、私は基本的に教えられたことはその場ではできない。多分緊張が強いのかもしれない。うまくやらなきゃやらなきゃと焦ってしまう。家に帰ってダンボールで自作した音の出ないカホンで練習を繰り返して繰り返してやっと少し上達するレベルだった。

私が「できない」と嘆いていると「嘆くことないですよ」と先生は言ってくれた。

「大丈夫、大丈夫!」

Tシャツに短パン、サンダルをつっかけていつも身軽な格好で現れる。服装だけではなく「まあ、とりあえずやってみましょう!」というノリがあり、私はそのよい意味での「軽さ」にあこがれさえ感じていたのだった。比べてしまうと、自分のなんと重く硬いことか。軽やかに生きれたらどんなに素敵だろう!

先生はいくつかのロックバンドから声がかかると飛んでいってドラムを叩く。その合間にドラムやカホンなど打楽器の個人レッスンをしていた。フリーで世の中を渡っていくのは至難の技だ。身軽さだけでなく、同時にバランス感覚と力強さもまた必要である。

ある日のこと、練習が終わってstudioのロビーで次のレッスンの日程を決めたあと、先生は煙草を吸って、なんとなく他愛もない世間話になった。それが終わると思い出したように撮影したレッスンの動画をLINEで送ってくれた。何度挑戦してもなかなかできなかったパートの動画だった。

「できないと悔しいでしょ?」
と、先生が微笑みながら言った。
「情けなかったり、悲しかったりしませんか」

「そうですねー」私は頷いた。

「でもその悔しさがいいじゃないですか。自分の足りないところを味わうのって捨てたもんじゃなくないですか?」

「そうですかねー」心弱く笑った。

「自分の足りなさを味わえる人は本当に強い人ですよ」

「どういうことでしょう?」

「つながるかどうか分かりませんが僕の師匠から聞いた話をしましょうか」
そう言って先生は二本目の煙草に火をつけて煙をふかしてから、自分にドラムを教えてくれたという齢80になる師匠という人物の話を始めた。

僕の師匠は世界的に有名なドラマーでした。今はもうスターウォーズのヨーダみたいな妖怪レベルの見た目なんですけどね、不思議と叩く音がつやつやしていて色鮮やかなんです。力を入れてないんだけどパワフルだし、繊細だし、アンニュイだけど輪郭もくっきりしているような、とにかく圧倒的にすごい人なんです。海外では生きる伝説扱いされてリスペクトされてますよ。国内ではそれほど知られてはいないかもしれません。

その師匠がまだ若かったときある親子にドラムを教えることがあったそうなんです。お父さんの頼みで、息子、確か敬介くんって呼んでたかな、その子がドラムのコンクールに挑戦しようとしているんだけど、今のままだと全然駄目なので、さらにうまくできるように特訓してほしいという願いだったそうです。
そのお父さんもまた若い頃はバンドを組み、ミュージシャンを目指していたのですが志半ばで夢破れ、それでもその夢が捨てきれずそれを敬介くんに託して親子二人三脚で頑張ってきました。
二人の夢を力強く語る熱血なお父さんのかげで、敬介くんは静かにたたずんでいました。時折、不安そうにお父さんの顔を見上げていたそうです。

息子さんの才能を信じながら、それでもうまくいかないときはイライラし、何でできないんだ?と帰りの車の中であたり散らしてしまうことも一度や二度のことではなかったそうです。その思いに答えようと敬介くんは長時間の練習でも休まず必死で頑張っていました。

師匠は普段あまりレッスンなんてことはしません。しかし、その時は演奏を聞いたあと敬介くんの表情を見て、引き受けることにしたみたいです。どうして引き受けたのか最初は周囲のみんなは謎だったそうですが、あとになってその理由は分かりました。

師匠が教えたことによって、敬介くんはどんどん上達しました。練習の甲斐あってコンクールの準決勝まで進みました。お父さんはたいそう喜んだそうです。

決勝が三日後に控えた日の夜、師匠はお父さんを呼び出しました。

「先生のおかげです。ありがとうございます。このまま気を抜かず、決勝も頑張りたいです。やっぱり敬介はあれでいて本番には強いかもしれませんね。でもまだまだ跳ねるのが不自然でぎこちないんだよなー。もっと楽しくやれって言うんですけどね。駄目駄目です。どうしたらいいですか」

「今日はね、お父さんに伝えておきたいことがあって来てもらいました」

「何でしょうか?」

師匠はしばらく沈黙しました。どこからどう伝えようか探しあぐねているように。ふっとお父さんの目を見てから話はじめたそうです。

「お父さん、もし敬介くんに何かが起こってドラムが叩けなくなったとしたらどうしますか」

「えっ!どういう意味ですか?」お父さんはその言葉を最初は了解できず、しばらく唖然としていたそうですが徐々に苛立ちを感じ始め、信じられないというように視線がきつくなりました。

「ドラムが叩けなくても息子でいさせてくれますか」

「当たり前じゃないか!」お父さんは怒り出しました。

「私はお二人を初めて見たときに感じていました。敬介くんは言葉にはしていませんが、ずっとあなたに向けてこう言ってますよ『僕を見て!』」
師匠は淡々とお父さんに伝えたそうです。

「あなたは確かに四六時中敬介くんと一緒にいて、ドラムを叩く姿を見ている。だけど敬介くんはドラムを叩く自分ではなくその奥にある『本当の僕を見てほしい』『ありのままの僕を分かってほしい』って言ってますよ。あなたが見ているのは夢に見る理想の敬介くんです。そうではなく、お父さんの思いに必死で答えようとしながら不安でいっぱいになっている、そこにいる敬介くんそのものの姿を見てあげてほしいんです」

「……」

「敬介くんは確かにうまい。才能があると思います。それはこれまでのお父さんの訓練の賜物だと思います。苦労も多かったと思います。本当にお二人の努力はすごいです。それは演奏を聞いて分かりました」

師匠がレッスンを引き受けたのはまず演奏がうまかったことがありました。しかし、それだけではなく演奏を聞いて敬介くんの気持ちがよく分かったからなんだそうです。目を見ていたらそれをお父さんに伝える役割を頼まれた気がしたそうで、引き受けざるを得ませんでした。

「確かにうまいですが、この先さらにうまい人はたくさんいるでしょう。その中でさらに抜きに出ないといけません。もしかしたらこの先、敬介くんはどこかで挫折するかもしれない。心が折れるときがくるかもしれない。その時に、自分はドラムがなくても大丈夫、何もできなくても大丈夫、また立ち上がって自分の道を歩もうとする、自分を信じられる力を今のうちに育んであげてほしいんです」

「自分を信じられる力?」

「そうですよ。自分を認めてくれる人がいる。困ったときに手を差し伸べてくれる人がいる。ありのままの自分を見てくれる人がいる。その積み重ねが人を信じることにつながり、やがてそれは自分を信じる力に変わるんですよ。それを教えることができるのはお父さん、あなただと思います」

お父さんの心は揺れてました。

「敬介くんはいつも不安に思ってますよ。もしドラムができなくなったら、自分の存在価値はなくなるのではないかって。今度のコンクールで優勝することを心からお祈りしてます。だけど、もし優勝することができなくても敬介くんを認めてあげてください」
師匠は優しく微笑みました。
お父さんは力弱く頷き、かすれる声でそうだったのかと何度も反芻するように言いました。そしてそのうちにわっと泣き崩れたそうです。

「決勝の前にこれだけは伝えておきたかったのです。お父さんや敬介くんの頑張りを幸せにつなげてほしいからです」師匠はお父さんの肩を叩いて慰めました。




どうですか?これが僕の師匠から聞いた話です。もうだいぶ昔の話なんだそうですよ。
「ね、強引にまとめると楽しく叩けばいいんです(笑)!」
先生は言った。「それが一番!」

自分がプロになって演奏がどんどん固くなっていって悩んでいたときに師匠が教えてくれた話です。

「さて、喋ったらビール飲みたくなったなー」先生は唐突に言った。「飲みに行きませんか?」

「いいんですか?」ちょっと驚きつつ私は頷いた。

「もちろん!、いいお店知ってるんですよー」
こんな風に軽く生きてみたいものだと改めて感じながら我々はstudioの外に出た。

外は爽やかな初夏の空が広がっていて、確かにビールを飲むにはもってこいの一日だった。



【プロフィール】
「わたしの」
1979年生まれ。山梨県出身。
学生時代は『更級日記』、川端康成、坂口安吾などの国文学を学び、卒後は知的障害者支援に関わる。
2017年、組織の枠を緩やかに越えた取り組みとして「わたしの」を開始。
「愛着と関係性」を中心テーマにした曲を作り、地域のイベントなどで細々とLIVE 活動を続けている。
音楽活動の他、動画の制作や「類人猿の読書会」の開催など、哲学のアウトプットの方法を常に模索し続けている。
♬制作曲『名前のない幽霊たちのブルース』『わたしの』『明日の風景』
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