『名前のない幽霊たちのブルース』~わたしののおはなし6~ぼくはえらい~

『名前のない幽霊たちのブルース』~わたしののおはなし6~ぼくはえらい~

わたしの



前回までのブルース
令和最初の夏、薄暗い中華料理屋で「わたしの」は自分の背骨の疼きを感じていた。「できない」を切り捨てることで社会はハッピーになるというメッセージに対して違和感を感じながら、背骨に走るものさしを無視できずにいた。曲を作り、地域のイベントでLIVEを続ける中でいつの間にか、社会と集団のあり方を検証する方向へなんとなく誘われていくバンド「わたしの」のコラム。

「僕は企業で働いてるから偉いんだ」
みんなの前で彼は言ったそうだ。
「君たちはまだ作業所かい?甘いところで働いてるんだね。企業は厳しいよ。だから企業で働けてる僕は偉いんだよ」
彼はそう言ったあとで他の人を馬鹿にしたように笑い、自分が勤めている会社の自慢話を始めた。さらにいかに企業で働くことが厳しいか、苦労話もたっぷりと添えてくれたそうだ。

それは、ある高校の、同窓会のようなOB.OGが集まるイベントでのことだった。彼は久しぶりに会った友人たちがそれぞれB型の作業所で働いていることを聞き、冒頭のセリフを放ったのである。それまで仲間たちは作業所での面白かったことや職員の話で盛り上がっていた。そこには屈託のない、素朴で和やかなムードがあった。

そのムードを彼は一発で吹き飛ばした。

その輪の中に彼女はいた。彼女は高校を卒業し、印刷や封入の受注作業が中心の作業所に通って頑張っていた。心ない彼から「僕は偉いんだよ」と馬鹿にされたことが悔しくて、家に帰ってからお母さんにそのことを話した。
「ひどいこと言うわね。そんなこと気にしなくていいわ」とお母さんは慰めてくれた。
それでも気がおさまらず彼女は「企業で働いている人は偉い」それって本当なの?と少しべそをかきながら聞いた。
「それは嘘よ。間違ってる」
お母さんは言った。

もし本当に企業で働いている人が偉いのだとしたら、中小企業よりも大企業で働いている人の方が偉いのかな?
無職よりはフリーターの方が偉くて、フリーターよりも正規職員の方が偉いのかな?

大学を卒業して就職はせずにふらふらしていた頃、法事にいくと同じようなことを親戚のおじさんたちから言われていた気がする。早く正規職員になれよ、とか、大企業の方がいい、とか、公務員がいい、とか。
働いたあとは言われなくなるかと思ったら「早く結婚しろ」に変わり、結婚したら「早く子どもを作れ」に変わった。そのあとは「どこに家を買うのか?」だった。
アパートよりもマンション、マンションよりも一戸建て。賃貸よりもマイホーム。中古よりも新築の方が偉いというような口ぶりだった。あれもこれも深い部分で根は一緒なのではなかろうか。

彼女は次の日「企業で働いている人の方が偉い」と言われた話を自分が通っている作業所の仲間にもした。仕事の休み時間はみんなセンターの玄関ホールへ出てきて、そこに置いてある木製の丸いテーブルを囲んで話をするのが楽しみなのだ。
すごい悔しかったんだ、と彼女が言うと「やな奴だねー👎」と周りは口々に言った。
「そうでしょ、そうでしょ」
「まあまあ、落ち着きたまえよ」ちょっとアキバ系の男子がいさめる。
「だってどう思う?」
「さぁ?」
「本当に企業で働いている人は偉いの?」
「そんなこと絶対にないよ!」みんなは慌てて否定したのだった。

「そんなことない。偉い、偉くないなんてあるものか」

口々にみんなそう言って彼女を励ました。しかし、そう答えながらどこか違和感はあったのかもしれない。それは違和感として感じられないほど微かなものだったかもしれないし、例え感じることができたとしてもそれが一体どこからくるのか、その微かな引っ掛かりの正体は何なのか分からなかったと思う。あまり分かりたくないというか、見たくないものだった。
自分たちが全員作業所で働いているから企業のことがよく分からない不安もあった。
しかし、それだけではなく心の片隅で同じ作業所の仕事の中にも簡単な仕事と難しい仕事があって、難しい仕事を任命されたときの晴れやかさがなぜか思い起こされていた。晴れやかなはずなのにそれがもやもやして、少し暗い気持ちになってきた。

その仲間の中に一人だけ企業から移ってきた子がいた。その女の子は高校を卒業して企業に就職したがコーチからのきつい指導や職場の人間関係の悪化が原因で通えなくなり、半年で退社、半年在宅で過ごし4月からこの作業所で働くようになった。アニメとおしゃれをすることが好きで通勤時は首にきれいなスカーフを巻いている。口数は少ないが笑顔の挨拶が気持ちのよい子だった。

いつも静かに笑っていることがほとんどで、本当に滅多に話さないその子がその時は珍しく口を開いた。
「今、幸せ」

「えっ?」
普段から声が小さいのでよく聞かないと聞き取れない。みんな顔を寄せて「何って言ったの?」と聞いた。

その子ははにかみながら「今、楽しいよ。だから幸せ」と言った。

「おー!」その場に明るいどよめきが軽く起こった。

その言葉は捉えきれない微かな違和感でもやもやしていたみんなの心の霧を一気に押し流してくれたのだ。なんだか軽やかになり、冗談を言い合ってまた和やかなムードが戻ってきた。
「今、幸せ」

悔しがっていた彼女も笑顔になって「偉いー偉くない」の話はそれで終わった。


♪『ぼくはえらい』

何でも知ってるぼくはえらい
たくさん稼いだぼくはえらい

上手に話せるぼくはえらい
クラスで一番ぼくはえらい
速く走れるぼくはえらい
星座をみつけたぼくはえらい

褒められない君がいる
何もできない君がいる
窓の外には大きな空の
何もない青さがライラライ

みんなを守ったぼくはえらい
どこまでも行けるぼくはえらい

あの子を笑わせぼくはえらい
痛みを消したぼくはえらい
昇進しているぼくはえらい
歌を歌えるぼくはえらい

褒められない君がいる
何もできない君がいる
窓の外には大きな空の
何もない青さがライラライ

いつか君に話してあげる
いつかそっと見せてあげる
胸で抱いて頭なでておくれ
ぼくはえらい ぼくはえらいラライ

褒められない君がいないと困る
何もできない君が好き
行かないでずっと側にいておくれ
ぼくはえらい ぼくはえらいラライ

踊り続けるぼくはえらい
ここに集まってるぼくはえらい


遠回りに遠回りを重ねていましたら、ここでお時間がきてしまいました。続きはまた別の機会とさせていただきます。
読んでくださり、ありがとうございました(^-^)。

つづく。



【プロフィール】
「わたしの」
1979年生まれ。山梨県出身。
学生時代は『更級日記』、川端康成、坂口安吾などの国文学を学び、卒後は知的障害者支援に関わる。
2017年、組織の枠を緩やかに越えた取り組みとして「わたしの」を開始。
「愛着と関係性」を中心テーマにした曲を作り、地域のイベントなどで細々とLIVE 活動を続けている。
音楽活動の他、動画の制作や「類人猿の読書会」の開催など、哲学のアウトプットの方法を常に模索し続けている。
♬制作曲『名前のない幽霊たちのブルース』『わたしの』『明日の風景』
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