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地域生活を支える~人として生きる事の難しさ~

地域生活を支える~人として生きる事の難しさ~

渡邉由美子



重度な障害を持ちながら地域で暮らすことにこだわって生活をしてきました。
生まれる前から現代は、出生前診断で命に優劣をつけられ、物心がつくと、根強く社会に蔓延る優生思想によって、要らない命と選別され兼ねない中で、人として生きる事の難しさと自問自答しながら生きています。

私が暮らし始めた頃は脳性麻痺者と全身性障害者介護人派遣事業がやっと一日8時間毎日認められる制度に変わった頃でその他の公的制度と言えば、区役所のお役人ヘルパーさんが本当に短時間、家事援助に来てくれる制度しかありませんでした。
今ではとても考えられない事ですが、毎日夜間はボランティアで泊まってもらう人手を街頭で探して、その日暮らしをして、夜間はその来てくれている人がいる間に次の日のめどを立てるというのが仕事のような暮らしをしていました。

勿論一人で過ごさねばならない時間も沢山あり身体が痛くなろうとお腹が痛くなろうと誰も助けてもらえないことは当たり前と考えなければ生活はしていけませんでした。
その頃一人の時間を家で過ごそうとすると、何かひとつ物を床に落としても拾うことが出来ず、落ちた場所が悪いと電動車椅子で踏みつけてしまい、インターフォンも開けに行くことが出来ないので困るとの理由で、一人で街を彷徨し、歩いて時間をつぶしていたこともありました。
時間つぶしと言っても下手に喫茶店などに入り、飲食物を注文してしまうとトイレに行きたくなってしまうのでとても困りました。
頼むは頼みますが、いつも飲まず食わずで帰っていく私を見て顔見知りになった店員さんが飲み食いを手伝ってくれたり、時には三人がかりでトイレを手伝って頂いたこともありました。

そのように本来は介護をしてもらうための人ではない人に手を無理やり借りて暮らしを成り立たせていた時もありました。
介護者募集のチラシは1000枚まいて一人来るか来ないかというぐらいの確率で、やっと一人来たかと思ったら宗教や政治活動の勧誘が目的であったりして、来てくれるのはそれでもありがたい反面、勧誘をやんわりお断りすることに神経をすり減らしたこともありました。
そんな過酷な時代を経て今の障害者総合支援法ができました。

それでも、公的に必要な介護を必要なだけ獲得することがまだまだ困難な状況です。
そんな中で、やっと必要性を認められるようになってきて、最低限度の生活が成り立つようになってきました。
重度障害者の在宅一人暮らしを支える制度としては障害居宅の制度と家事援助の制度、それから私がフル活用している重度訪問介護が三本柱のように暮らしを支えています。
公的に暮らしを支えて頂けることは安心安定の生活を得ることに繋がることは間違いありません。しかし、当然のことながら、区民の皆さんが一生懸命働いた中から支払った血税を元に暮らしていく生活なので、制度として認められた範囲内の生活となるわけで、何でも出来るというわけにはいきません。

例えば、実家に帰省してその日のうちに帰って来るにしても、実家の近くで家に上がらず家族と対面することは、外出支援、移動支援のカテゴリーの中で認められたサービスとして行うことが出来ます。しかし、実家に介護者と二人で上がって実家でトイレや食事の介護を受けながら、家族と談笑することは未だに公的サービスを使って行うことは出来ません。
私位の年になってくると親も本当に年を取ってきますが、私には両親を介護出来なくても、私が帰省することで、安心をさせたいと思ってもそれがままならない制度なのです。

実家の近くの飲食店で食事をするのであれば、介護をお願いすることは出来ますが、実家に上がる、実家に泊まるは、叶わぬこととなってしまいます。やっていることは極めて似たようなことなのに、そこには分厚い鉄の扉がそびえ立っているのです。
最低限度か贅沢な暮らしかという判断は人の価値観にとても左右される主観的概念です。それを皆さんが認めてくださる価値観と擦り合わせていく作業がとても必要です。

今、コロナウィルス感染症の問題でニュースで良く取りざたされているパチンコ店の営業問題などとも共通するところがあるのかもしれませんが、単なる遊びと捉えるか、パチプロの様にそれが仕事と捉えるかによって、その社会的評価は全く違ったものになると思います。
重度障害者の遊びや旅行も、税金で所得保障を受け、生活し、税金で公的介護者を付けてもらって生きている分際で、旅行や遊びをしたいと望めば、贅沢の範疇に他ならないことになりますが、車椅子で出かけていく事で、バリアフリー社会が進み、街づくりの計画や各種障害を持つ人を社会の中でふんわりと受け入れる為の糸口になる行動だとすれば、それは、身体を張った社会変革の大きな第一歩だと捉える事も出来るようになります。

健常者と障害者が分けられてしまうこの社会、その根っこにある根強い差別や優生思想の理念はそう簡単に撲滅することは出来ないと考えています。
公的サービスをフル活用して、私が生き続けていく事で、問題提起や人として生きる権利を主張し続けていきたいと思います。
コロナウィルス感染症の差別が露骨に出始めている今、人として生きる事の意味を問い直して行きたいと思います。


渡邉由美子
1968年6月13日生まれ 51歳
千葉県習志野市出身
2000年より東京都台東区在住
重度訪問介護のヘルパーをフル活用して地域での一人暮らし19年目を迎える。
現在は、様々な地域で暮らすための自立生活運動と並行して、ユースタイルカレッジでの実技演習を担当している。