第31回 変わらないために変わる勇気
私は母との夕食の時間に、レコーダーに録画しておいたNHKの教養番組を見ることが多い。最近、その中で部屋一面赤い光の中で科学実験をしているシーンがあった。
(母)「写真の現像みたいね」
(私)「そうだな、懐かしいな(笑)」
(ヘルパー)「ゲンゾウって何ですか?」
(母と私)「 ( ゚д゚) 」
そのヘルパーはフィルムカメラ自体を知らないようで、現像という言葉を知らないのも無理はない。
今や、下手なデジカメよりもスマホのカメラの方が高画質の写真を撮れるし、写真は焼き増しではなくデータでやりとりする。便利な時代になったものだが、私が幼い頃の当たり前がそうではない人が増える衝撃を、今後も感じ続けるのだろう。
私を取り巻く環境も時代とともに変わり、最近は滅多にお目にかからなくなったものや逆に日常的に見かけるようになったものがある。
その1つが、多目的トイレの「足で踏む水洗ボタン」だ。腕や手の力が弱く、ボタンを押しづらい人であっても、足や車椅子のタイヤで踏むことでトイレを流すことができる。
当時としては理に適った設備で、私が幼い頃はしょっちゅう見かけたが、最近では珍しいものになった。
30歳以下の若手のヘルパーは知らないことが多く、古い多目的トイレなどで不意にボタンを踏んで急に水が流れて驚き、それを見た私は「地雷踏んだな」と言って笑うのである。
このタイプに変わって増えたのはセンサー式のトイレである。こちらもボタンを押す必要がなく、手や体の一部をセンサーの前にかざすだけ水が流れる。
ただ、センサーであるがゆえに意図しないタイミングで水が流れてしまうことがあり、びっくりして途中でトイレが止まってしまうこともある。
個人的にはセンサー式のトイレは好みではないが、センサーの位置を確認したり不必要な体の動きを極力減らしたりと、できる工夫を続けてきた。
すると、慣れもあってか抵抗感はだいぶ無くなってきた。
異なる例としては、券売機のみならずスーパーやコンビニのセルフレジも、居酒屋の注文に使うタブレット端末にもタッチパネルが浸透したことが挙げられる。
視覚的に操作できてわかりやすく、多くの人にとって便利なインターフェイスだと感じていた。
だが、視覚障害のある知人がSNSで「私たちにとってタッチパネルは自分で操作できないもの、新たなバリアだ」という趣旨の投稿をしていて、ハッとさせられた。視覚的に操作できるということは、裏を返せば視覚障害を持つ人にとってはたしかにバリアなのだ。
押しボタンであれば、順番や位置を覚えたうえで、指で触ってゆけば操作できるものもあったそうだ。
バリアフリーやユニバーサルデザインという考え方が提唱されて久しいが、実現することは容易ではないことがわかる。実は、私にとってもタッチパネルは扱いやすいとは言えない場面もある。
私の家のオートロックも数年前に押しボタン式からタッチパネルに変わったのだが、手の不随意運動の影響で狙ったとなりのボタンを触ってしまうことが多々あるのだ。
押しボタンならば押し込まなければ反応しないのに対し、タッチパネルは触れた瞬間にミスタッチになってしまう。
ゆっくりと慌てずに触れていくことで、なんとか対応しているのが現状だ。
しかし、少なくとも私は「自分が不便になったから新しい設備やシステムを元に戻してほしい」とは思わない。
新しいものができて、それらが普及して多くの人が便利になるのなら、躊躇わず導入していくべきだと考えている。
視覚障害を持つその知人も「タッチパネル全盛の今、店のスタッフやヘルパーなどの助けを借りて乗り切るのが現状では最適解だと思う。
以前はできていたことが新たにできなくなったことで忸怩たる思いはあるが、本当に誰もが使えるものを開発するには手間も時間もかかるので、地道に開発してほしいと訴えつつも今を乗り切るしかないと思っている」と語っている。現実的かつ、建設的な考え方だと感じる。
ただ、こと日本において何か新しい技術やシステムを導入しようとするとき「対応するのが難しい人々が一定数いるから、慎重に考えるべきだ」という論調が必ずと言っていいほど強まり、結果的に導入が見送られたり部分的な導入にとどまったりすることが繰り返されてきた。重箱の隅をつつくような議論ばかりで、できない理由ばかり挙げているように感じてならない。
どのみち慎重に検討するのなら、どうすればより多くの人が新しいものの恩恵を受けられるのか、どんなサポートがあれば対応できる人が増えるのかを考えた方が、よほど生産的である。
ひねくれた見方かもしれないが、利害関係者が新しいものの導入に抵抗するために、高齢者や障害者など新技術がバリアとなり得る人々の存在を利用しているようにも思える。私個人としては甚だ心外だ。
日本ははるか昔、大陸から伝わった漢字をアレンジすることでひらがなやカタカナを生み出した。
仏教やキリスト教の催しを柔軟に取り入れ、宗教に寛容な文化をつくってきた。島国でありながら、新しいものを取り入れて咀嚼し自己流のものを作り出すことには長けていたはずだ。
しかし昨今、新しいものの負の側面ばかりが強調され、今後の日本のためにすべき決断が先送りにされてはいないだろうか。
今回挙げたような設備の変化に対しても当事者はある程度対応するものだし、前述の知人のように現実的な考え方を持つ人も少なくない。
私も含めて、誰しも新しいものに対する抵抗感はあるだろう。
それでも、次の世代の若者たちのことを思い豊かな社会を残したいと願うならば、新しいものによって不利益を被る「かもしれない」人々の存在を言い訳にせず、必要なことはどんどん変えていくべきだ。
「生き残るのは最も強い者でも最も賢い者ではなく、変化に最もうまく対応できる者」
という言葉が、時を超えて響いている。
加藤拓(かとう たく)
1983年生まれ。生まれつき脳性麻痺による身体障害者で、現在は毎日ヘルパーのケアを受けながら、「皆で考えてつくる医療と介護」をモットーに、講演活動やワークショップの開催を続けている。2020年7月からはヘルパー向けの研修講師も担当している。 趣味はゲームと鉄道に乗ること。