「してあげるっていうのだけじゃないんだ。アタシのほうがたくさんイイモノもらってるんだよ」。
ぼくは「大変なんだろ?よくやってるよ、君は」なんて言葉をかけたのだった。20台後半だけど、時として幼くも見えるかわいい容姿がいけてる彼女はこともなげに「アタシ、指に××コがついても平気だよ」といって笑った。ファッションのセンスがいい娘。根性とかいう言葉から遠い娘。うまく返せなかった僕はどんな顔してたんだろう?無理すんなよ,って気持ちだったかもしれない。僕もわかってなかった。
これは、友人の介護職にある女性がくれた言葉だけど、それから数年。僕に関しては彼女の影響もあり介護の仕事をはじめ、めげることも多かったけど、数年この仕事を何とかやめることも投げ出すこともなく続けられて、いくらかその意味が分かりかけてきた気持ちになっている。言葉を変えると「こんな自分でもいくらかましな人間になったかな」、そう思う。
イイモノをもらうとはどんなことだろう?
最近こんなことがあった。12月の冬晴れの日。前日に田舎からいとこが遊びに来て、僕のアパートから歩いて行ける雑司ヶ谷の鬼子母神にお参りに行った。彼女は、大塚に用事があったのだけれど、都電にのれば大塚はすぐだし、雑司ヶ谷あたりは東京の下町の雰囲気を味わえるし,彼女が好きな猫も多い。お昼前の散歩のついで。
参道を歩き、手塚治虫さんやその仲間がすんでいたこともある古くてモダン?な白い建物が喫茶店になってるあたりを過ぎて左に曲がると、黄色く色づいた銀杏がきれいな鬼子母神の境内。せっかくだからお参りしようとお賽銭箱を目指して階段を上がる。
見えてしまうという感じで視線の端に階段下のおばあさんが見えた。
そんな急こう配でもない階段を上がれずあえいでいる。考えもせず手を伸ばして、さい銭箱の手前まで手を引く。こういう時にどういう顔をしたものか。おばあちゃんの手は白くて冷たいけど意外にすべすべ。
「ごめんなさいね」という彼女の手のひらには7個のピカピカの百円玉。孫かお子さんの人数か。一人できてんだよな。別れ際、気を付けてねというと「もう来れないかもしれない」。言葉がないけど、悲しい感じはほぼない。混む初詣を避けたのか。
何を言いたいか?って。どこかでもらった“何かイイモノ”が僕の背中を押してるってこと。この仕事をはじめてこんなことが増えたんです。いろんなものが見えたり聞こえたりします。いいものはいいものとしかいえない。
【プロフィール】 1955年、佐賀県唐津市呼子町生まれ。いつのまにか還暦は過ぎ、あのゴジラよりは1歳年下。介護の仕事に就いたきっかけは先年亡くなった親友のデザイナーの勧め。「人助けになるよ」との言葉が効きました。約二十年くらい前に飲み友達だった大家が糖尿病で体が不自由になり、一昨年暮れに亡くなるまでお世話。思い出すとこれが初めての介護体験でした。今はその亡き大家のうちにそのまま住んでいます。元業界新聞記者、現ライター。