「おい,そこのおじさん! 早く起こせ!」
あるご高齢男性利用者様Aさんのケアはこの一言から始まった。
とある大企業の役員をされていたためか終始高圧的な言動。ご家族からの依頼で喫煙を制止すると近くにあった孫の手で机をビシビシ叩く。待つことが何より嫌いで吸引後すぐに起きたがる。カテーテルを置いてグローブを外す暇もない。夜間ベッドに横になっても5分と待たず「起こせー!」そのたびに起き上がり介助,立ち上がり介助,歩行介助。
でも不思議と嫌いではなかった。亡父と年齢が近かったこともあるかもしれない。ハイハイという気持ちで明るく受け流し話を聞きケアを続けた。
1か月後,吸引を行った直後意外な一言。
「いつもありがとう。」
人間単純なものでいっぺんに好きになってしまった。Aさんの介護が楽しくなってきた。
ある晩,なかなか寝付けないAさんから相談。
「眠れなくてイライラする。どうすればいい?」
「少しお話でもしますか?」と提案。仕事の手柄話を聞きながらAさんの仕事にかけるプライドに感心した。早朝起きだしてきた奥様からコーヒーをご馳走になりながらAさんのエピソードを聞き,Aさんの優しさに感動した。
娘様からは「アキタさんの日は安心してお任せできると父も申していました。」
体力と気力が衰えて丸くなってしまっただけかもしれない。でもこの一言で自信とやる気と責任感が湧いてきた。
数か月後,Aさんは誤嚥性肺炎のため逝去された。私の夜勤の最中だった。ドクターの死亡診断。看護師さんによる体の清拭。ご家族の勧めで右足に靴下をはかせるという大役をいただいた。素直に嬉しかった。
後悔もある。ご逝去の3週間程前だったと記憶しているが,入室直後に検温すると39℃台の発熱。感染症を疑いすぐに報告。ご家族や訪看さんのこもり熱ではとの見解に無理やり納得し疑いを強く主張できなかった。もう少しドクターの処置が早ければとの思いがなかなか捨てきれなかったが,Aさんとご家族の「最期まで在宅で」というお気持ちを考えるとこれでよかったのかなと今は思う。
私にとってはAさんやご家族との確かなつながりを感じられる貴重な体験であった。今頃天国でも大威張りでコーヒーを飲みながら好物のレタスサンドでもほおばっていることだろう。ゆっくりお休みください。本当にありがとうございました。