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『名前のない幽霊たちのブルース』~わたしののおはなし8~ガイドヘルパー日記❰前編❱~

『名前のない幽霊たちのブルース』~わたしののおはなし8~ガイドヘルパー日記❰前編❱~

わたしの



前回までのブルース】 カホン(南米の打楽器)が上手にできない、と嘆く私に先生が教えてくれた世界的に有名なドラマーである師匠と親子の話。「できる」ー「できない」ということよりも、その時のありのままの心に向き合いその子の存在そのものを認めていくことを大切にしてほしいというメッセージを師匠は伝えた。
年に数回、細々と音楽活動をしています「わたしの」のコラムです(^_^;)。


「秋之(アキユキ)さん、今日追加でもう一件お願いできない?晴明(ハルアキ)さんのガイド」

一件目の仕事を終えて事務所に戻ると、コーディネーターの永利子から声を掛けられた。予定していたヘルパーがインフルでダウンしたらしい。帰ってもどうせ昼間から酒飲んで録画したテレビ番組を見て過ごすだけだろうから構わない、と秋之は思った。

「別にいいよ。だけど、俺その晴明さんって入ったことないぜ」
「大丈夫よ。何でも自分でできるんだから。ただついて行けばいいだけ。名前も似てるし(笑)」

何でも自分でできるんだったら、何で俺が必要なんだ。まったくこの仕事ときたら曖昧なことが多すぎる。名前も似てるしってのは一体何なんだ?全然関係ないじゃないか。秋之はぼやきながら待ち合わせの駅前広場まで向かった。

42歳で会社を辞めて、しばらく何もやる気が起きず布団を頭から被って秋之は一日一日をやり過ごしていた。完全に昼夜が逆転して自堕落な生活だった。もう、どうでもいいやという半ば諦めみたいな気持ちがあった。半年して外に出られるようにはなったが、それでも酒を飲んだりパチンコをしたり、ふらふら過ごしていた。見かねた友人に半ば強引に誘われてこの「知的障害者のガイドヘルプ」の仕事をはじめた。どうせ長続きはしないだろう。話を聞くと楽そうだから、暇潰しと体を動かしてちょっとした健康維持のためにやってみるかという軽い気持ちだった。

友人から話を聞くまで秋之は世の中にこういう仕事が存在していること自体知らなかった。
これまでの暮らしで知的障害のある人と関わったことはなかったし、その人たちが平日の夕方や土日などにそれぞれの好きな所に外出するのに付き合って見守ったりサポートすることを生業(ナリワイ)とする人々がいることも想像できなかった。
だからガイドヘルパーという仕事の存在を初めて知ったときは正直驚いた。しかし、知的障害者ももちろん外に出たいだろうし、それを支える人がいることも確かに必要なのかもしれないなと思った。だけど、それをまさか自分がやるとは考えもしなかった。
福祉という言葉はもちろん知っていて、働く人は偉いなー、でもたいへんそうだなー、と思っていた。ところがまさか自分自身が福祉で働くことになろうとは。昔から福祉とか、優しさとか、笑顔とかそういうものは苦手なのだ。自分には絶対向いてないと秋之は思っていた。

駅前広場に着くとちょうどお母さんらしき人に連れられた晴明が歩いてきた。晴明のことは事務所の情報ファイルに目を通していたのですぐに分かった。ただ写真を見ただけでは幼い感じがしたが実際に会うと確かに30代の雰囲気が出ている。年齢は38歳だったはず。

「ガイドヘルパーの戸山秋之です」

「どうぞよろしくお願いします。ほら、お願いしますって頭下げなさい」

お母さんに言われて晴明は斜め上の方向を見上げたままちょこっと頭を下げた。言葉はしゃべれないそうだ。何か伝えたいときは指差しや肩を叩いて教えてくれるらしい。 お母さんからお財布の入ったポシェットを預かってガイドがスタートした。

晴明は階段を上ってぐんぐん駅の改札へ向かった。後ろを歩く秋之のことなんてまるでお構い無し。気にする様子もない。プログラミングされたように目的地にスタスタ歩いて行く。時々ピタッと止まって手をヒラヒラさせて「よしっ」という感じでまた歩き出す。一体何が「よしっ」なんだよ、秋之は思いながら見失わないように必死で後をついて行った。

改札は自動改札ではなく、駅の係員に障害者手帳とSuicaを見せて通った。秋之もSuicaをカバンから出そうとして手間取ってしまった。置いていかれるのかなと焦っていたら、晴明は背中を向けたまま二三歩先で止まって待っていた。
「なんだよ、見てないようでいて俺のことちゃんと見てるのかよ…」秋之はちょっと驚いた。

お昼過ぎの総武線の上りは比較的空いていて座れるシートはポツポツあったが晴明は一番前の車両から前方を見ることが好きなようで、手すりにつかまって景色を眺めている。ほとんど無表情だが、時々一瞬ニヤリとすることがあった。こういうことが楽しいんだなーと秋之は見ていて思った。

電車が新宿に到着すると降りて晴明は南口に向かった。大きな改札まで来て、そのまま出るのかなと思っているとくるっと振り返って改札の上に天井から下がっている大きな電工掲示板を見た。真ん中に時計があって○番線○○行き○時○分が示されている奴だ。新宿は巨大なターミナルなので山手線から埼京線、湘南新宿ライン、中央線、総武線など様々な線の行き先と出発時刻が分かるようになっていた。晴明はその電工掲示板の前で立ち止まると、そのどこかは分からないが指差し「よしっ」という感じで何かを確認し、改札から出ずに今度は山手線のホームへ向かった。

「なんだよ、目的地は新宿じゃないのか。間違えたのかな?」

電車に乗った。今度も一番前の車両。
一駅進んで代々木で降りた。

「目的地は代々木か。どこだろう?代々木公園とか、明治神宮とか行くのかな?」

晴明はまた改札まで来て後ろを振り返り、電工掲示板を指差して「よしっ」という感じで何かを確認して、そして改札から出ずにホームに戻った。さっきの新宿のときとまるで同じ動きである。そして一番前の車両まで歩き、乗るという流れもまた同じだった。

「おいおい、何か嫌な予感がしてきたぜ」

予感は的中した。
電車が一駅進んで原宿についた。降りた。改札まで歩く。振り返る。電工掲示板を指差す。「よしっ」と確認する。ホームに戻る。一番前の車両まで歩く。乗る。

電車が一駅進んで渋谷についた。降りた。改札まで歩く。振り返る。電工掲示板を指差す。「よしっ」と確認する。ホームに戻る。一番前の車両まで歩く。乗る。

電車が一駅進んで恵比寿についた。降りた。改札まで歩く。振り返る。電工掲示板を指差す。「よしっ」と確認する。ホームに戻る。一番前の車両まで歩く。乗る。

「嘘だろ?」秋之には信じられなかった。「マジで全部の駅でやるつもりか?」
一駅ごとに降りてついていくので電車に乗っているはずなのに歩く距離も半端じゃない。降りる理由もまったく分からず、何の意味も見出だせないことにひたすら付き合う、これはまさに苦行以外のなにものでもなかった。

電車が一駅進んで大崎についた。降りた。改札まで歩く。振り返る。電工掲示板を指差す。「よしっ」と確認する。ホームに戻る。一番前の車両まで歩く。乗る。

「おいおい、何してるんだよ。何で降りるの?何を確認してるんだ?ちょっと待てよー」
秋之が呼び掛けても答えない。お構い無しで、晴明はスタスタ歩いた。「こいつは一体何なんだ?」

秋之には分からないことだらけだった。謎だらけ。電車が品川まで来たくらいで「考えても答えは出ない」ということだけがなんとなく分かった。いつしか秋之は意味を見出だすことを諦め、ぼやくのにも疲れはてただただ晴明の後をついていくことに決めた。

「一体いつになったら帰れるんだ~?」家で酒を飲みながらテレビを見ている自分の姿が思い起こされたが、電車が駅についたのでそんなことはすぐに掻き消され、疲れてきて重くなった足に力を入れて晴明をロストしないように無我夢中で追いかけた。

後編につづく(^-^)。



【プロフィール】
「わたしの」
1979年生まれ。山梨県出身。
学生時代は『更級日記』、川端康成、坂口安吾などの国文学を学び、卒後は知的障害者支援に関わる。
2017年、組織の枠を緩やかに越えた取り組みとして「わたしの」を開始。
「愛着と関係性」を中心テーマにした曲を作り、地域のイベントなどで細々とLIVE 活動を続けている。
音楽活動の他、動画の制作や「類人猿の読書会」の開催など、哲学のアウトプットの方法を常に模索し続けている。
♬制作曲『名前のない幽霊たちのブルース』『わたしの』『明日の風景』
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