「樹(き)のように水のように生きる」

並木 紀子


第7回 2023.9月

「声を残す」と「声を取り戻す」

皆さんは、自分の声が出なくなるということを想像したことがありますか?
健康な時は、話すということをそれ程無意識にしています。
しかし、私たちALS患者は、生き続けるためにはいつか気管切開をしなければならないのです。
そうすると、声が出なくなってしまいます。

それを苦にしてか、他の理由もあってか、気管切開をしないことを選んで亡くなる患者が、全体の70%も居るのです。
もし自分の声が残れば、気管切開をして生き続けようと考える人が少しでも増えるのではないかという、切実な願いから「声を残す」ことに取り組んでいるのが本間さんです。
OTの本間さんは、まだ声が出るあいだに患者の声を録音して、それを一言ずつ編集して「マイボイス」というソフトに入れます。
パソコンに「マイボイス」を組込めば、スイッチを押すだけでパソコンから自分の声が出て来るのです。 気管切開をした後、パソコンから自分の声が出て来た時には、思わず涙ぐんでしまいました。

本間さんに初めて会ったのは、院内でやっていた夜のおはなし会の時でした。
心理療法士のSさんに、毎晩談話室でおはなしを語っていることを話しました。
すると翌日、Sさんが聴きに来てくれたのです。
Sさんの隣に、男性も居ました。
翌日、平井先生が来られて、本間さんの「マイボイス」のことを説明し、昨晩おはなし会に来たのが本間さんだったこと、本間さんが私の語りを気に入って、ぜひ録音したいと言っているとおっしゃったのです。
私は、喜んで承諾しました。

その後、3日間かけて、OT室の奧にある防音室で録音しました。
用意された本の中の文章を、声に出して読み上げます。
大きな機械の前に居る本間さんが、
「もう少しゆっくり、大きな声で」などと指示を出すと、やり直します。
こうして、全部読み上げるのに3時間ずつ、3日かかりました。
本間さんが
「他に何か、声を録音したものがありませんか?」とおっしゃったので、おはなしを覚える時にカセットテープに録音したものを、10本渡しました。
本間さんは
「音源が豊富なのは助かる」と、喜んでくださいました。

本間さんはこの様にして、休日には全国の患者のところに行き、声を録音して「マイボイス」に入れて上げています。
この活動がマスコミの知るところとなり、本間さんは何度もラジオやテレビに出演されています。
それでも、ちっとも偉ぶること無く、常に患者一人一人のために何が出来るか考えているという、まるで天使のような人です。
(もっとも、姿形はエンジェルとはほど遠いのですが。<笑>)

余談ですが、私のことを何かと援助してくれている、6才上の姉が見舞いに来ている時に本間さんと会い、すっかり本間さんと意気投合しました。
今でも姉は本間さんの熱烈なファンで、度々OT室に会いに行っている様です。

ところで一昨年、平井先生が院長をしていらっしゃる病院に、検査入院していた時の事です。
ST(言語聴覚療法士)のMさんが、「電気式人工喉頭」という器機を試させてくださいました。
これはマイクのような形で、スイッチを入れるとブルブルと振動します。
それをあごの右下の一点に押し当てると、声が出るのです。
ただ、その一点を探り当てるのが難しくて、Mさんがやると出るのですが、ヘルパーさんがいろいろ試しても出ませんでした。
この「人工喉頭」は、主に癌などで喉頭を摘出した人向けに開発されたものなのです。
そういう人は手が動くので、自分で声が出る一点を探り当てる事が出来ます。
しかし、私たちALS患者は手が動かせないので、ヘルパーさんにやってもらわないといけません。
出来る人が誰も居なかったので、結局この「人工喉頭」は断念せざるを得なかったのです。

そのとき、Mさんが耳寄りな話しをしてくれました。
東京医科歯科大学で、「ボイスレトリーバー」という器機が発明されたという事でした。
これは、マウスピースの中にスピーカーが仕込んであるので、マウスピースを装着しさえすれば声が出るそうです。
それなら、私にも使えそうだと思いました。
でもそのときは、まだ夢のような話しでした。

ところが、思いがけなくそれが実現したのです!
その経緯は、次回にお話ししますね。

明け初めし 東の空より 吹く風の 閑かに告げぬ 秋の訪れ

さて、私は時折り思いついた時に、この様な短歌や俳句、詩などを書き留めています。
その中の詩を、倉内さんというヘルパーさんに見てもらいました。
彼は元バンドマンで、いつもウクレレを持ち歩いています。
詩を見るなり、すぐに彼はウクレレを弾き始めました。
そして
「家にはギターがあるから、ちゃんと作曲してラインで送ります」と言ってくれました。
そういう訳で出来たのが、この「すいか」という歌です。
歌っているのが倉内太さんです!
では、どうぞ!!


▼YouTube動画「すいか」演奏:倉内太



▼音声ファイル(すいか 宅録ver.)







並木紀子(なみきのりこ)
1951年生まれ。2009年に進行性難病のALSの診断を受け、現在は人工呼吸器をつけ重度訪問介護サービスを24時間利用しながら生活を送っている。
2018年に絵本を自費出版。
https://www.youtube.com/watch?v=q3DQ84quLPM 「体は不自由でも 心は自由です。空を飛びます。風を切って走ります。楽しい歌を歌います。あなたへ 言葉を送ります。のりこさんの 声を聴いてください。」
推薦文より

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